岩井トラディションの概要
岩井トラディションは長野県の中央アルプス駒ヶ岳山麓、美しく緑深い森に囲まれた蒸溜所、マルス信州蒸溜所にてつくられているブレンデッドウイスキーです。
2010年に発売された比較的最近のボトルですが、その昔ジャパニーズウイスキーの誕生に大きく貢献した人物であり、マルス信州蒸溜所のポットスチルの設計者でもあった岩井喜一郎の名を冠したボトルです。
モルティな甘さや干し柿のようなフレーバーが特徴で、リーズナブルでありながら風味豊かなウイスキーです。
マルスからはシングルモルトの「駒ケ岳」やブレンデッドの越百(こすも)、ツインアルプス、3&7など多くのウイスキーがリリースされています。
【掲載写真の一部は本坊酒造様から転載許可をいただいております】
岩井トラディションの発祥と製造場所の紹介
岩井が造られているマルス信州蒸溜所は中央アルプスの麓、木曽駒ヶ岳村の自然豊かな場所にあります。
標高798m、日本で1番高い場所にある蒸溜所で、酒造メーカー本坊酒造によって1985年に建てられました。
霊峰木曽駒ケ岳から流れる小田切川の岸沿いに建てられており正面に天竜川を挟んで南アルプス連峰がはっきりと稜線を見せてくれます。
同蒸溜所で造られている”ツインアルプス”はこの景色が由来しているに違いありません。
もともと見学することを前提に建設された蒸溜所で、仕込み・発酵・蒸溜といった製造工程順に順路が設けられ、見学に訪れた人は自由に見て回ることができます。
2016年にはマルス信州蒸溜所に次ぐ第二工場「マルス津貫蒸溜所」を鹿児島県南さつま市に設立し、こちらでもウイスキーの蒸溜を行なっています。
信州蒸溜所が標高約800mの場所にあるのに対しこちらは九州の最南端にあり、日本最南端に位置する蒸溜所となります。
一つの企業が複数の蒸溜所を所有するのはサントリー、ニッカウヰスキーに次ぐ快挙!
さらに本坊酒造では屋久島にも樽熟成を行うウェアハウスを所有しています。
これにより2つの蒸溜所で3パターンの熟成を可能とし、同じ原酒を異なる3つの場所で熟成させたらどうなるか、という実験的な試みも積極的に行っています。
岩井トラディションの歴史
本坊酒造がマルス信州蒸溜所を設立したのは1985年。
しかしその道のりは険しく、1990年代に入ると焼酎ブームに押され日本のウイスキー需要が低迷。
1992年には蒸溜所は蒸留休止へと追い込まれてしまいます。
再開するまで実に19年という長い月日を必要としました。
その間、閉鎖前に作った原酒を使い、細々とブレンデッドウイスキーなどをリリースするも目立った成果は出ませんでした。
蒸溜所はその間たまにブランデーの蒸溜を行っていたそうです。
そして2000年代に入り国内で起こったハイボールブームにより、2011年に蒸溜所はようやく再稼動することとなりました。
岩井トラディションは再稼動の前年2010年にリリースされています。
マルス信州蒸溜所の歴史は浅いように感じますが、元々本坊酒造が山梨に建てた山梨工場がその前身です。
この工場の設営に関わったのがマルスの生みの親、岩井喜一郎氏でした。
マルスと岩井喜一郎、そして竹鶴政孝
「岩井トラディション」は日本のウイスキーの父岩井喜一郎氏の名前を冠したブランド。
岩井喜一郎氏は摂津酒造の社長件常務にあたる人物で、日本屈指の蒸留技師でした。
ニッカウヰスキーの竹鶴政孝氏と同郷、しかも同じ大阪高等工業(現大阪大学醸造科)の先輩にあたる人物でした。
竹鶴氏は高校卒業すると岩井氏を頼り当時大阪にあった摂津酒造に入社します。
そして後に社長である岩井氏の指令により竹鶴氏はスコットランドに派遣され、本場のウイスキー造りを学ぶことになるのです。
つまり岩井氏がいなければ竹鶴氏はスコットランドには行けなかったかもしれません。
そうだったとしたら今現在のジャパニーズウイスキーの在り方も変わっていた可能性が高いのです。
帰国後、第一次世界大戦後の不景気で摂津酒造には新しくウイスキー事業に取り組むだけの資金的体力が乏しく、失意に駆られ竹鶴氏は同社を去り、寿屋(現サントリー)に入社します。
しかしスコットランドから帰国したとき、竹鶴氏は現地で学んだことを記録した「実習報告」通称”竹鶴ノート”の清書版を岩井氏に提出していました。
岩井氏はこのノートを大事に保管し、晩年となる1960年、御年77歳の時に娘婿であった本坊蔵吉(本坊酒造取締役)らに頼まれ山梨県石和町に山梨工場を建設する運びとなった際に参考としました。
この竹鶴ノートの記録を基にウイスキー蒸溜所・ポットスチルの設計を行い山梨工場に設置したのです。
このポットスチルは「岩井式」と呼ばれ、山梨工場からマルス信州蒸溜所に移設され、その後も使用され続けました。
経年劣化により2014年に再溜用のスピリットスチルが新しいものに交換されますが、新しいスチルにも岩井氏の設計を反映させたレプリカが取り付けられました。
外された初代スチルは敷地内のモニュメントとして今も置かれています。
ちなみに初溜用のウォッシュスチルに関しては山梨工場で使われていたものが今もそのまま使われています。
「日本のウイスキーの父」の意思は後世にしっかりと受け継がれ、現在も上質な原酒を作り続けています。
岩井トラディションの製法
岩井が造られているマルス信州蒸溜所の設備は
糖化槽はステンレス製(ロイター製)、4.5klのものを使用。
発酵槽は全て容量7klで鋳鉄製のものが5基、木製のものが3基設置されています。
ポットスチルは上記で紹介した設計は岩井式、製造は三宅製作所が行なっています。
- 初溜(6kl)×1
- 再溜(8kl)×1
が設置されています。
スチルのアームは下向きで初溜釜にはシェル・アンド・チューブコンデンサーが、再溜釜にはワームタブが取り付けられています。
使われる麦芽は基本的には英国から輸入される
- ノン・ピーテッド
- ライトリー・ピーテッド(3.5ppm)
- ミディアム・ピーテッド(20ppm)
- スーパーヘビリー・ピーテッド(50ppm)
4タイプを使用。
これを使い分けることで原酒の風味を調整していまます。
現在は地元産の二条大麦「小春二条」を100%使った仕込みなども行われています。
次に、使用される酵母ですが
- パイナップルのような風味を与えるスコットランドのディスティラーズ酵母。
- 複層的な風味を与えるマルス創業時から使用している培養酵母。
- リンゴの風味を与える、蒸溜所隣にあるビール工場のエール酵母。
の3種類が使われています。
仕込みに使われる水は地下120mから汲み上げる駒ケ岳の清冽な伏流水。
また熟成に使われる樽の半数はバーボン樽、その他にはシェリーやマディラ、ポートワイン、バージンオークの他、近年ではミズナラや梅酒樽、焼酎に使用していた樽など様々な樽を使用しバリエーション豊かに原種を作り分けています。
岩井トラディションのラインナップ
岩井 トラディション
岩井としてのラインナップはこのスタンダードとワインカスクフィニッシュの2つしかありません。
しかし新たな樽の導入や津貫蒸溜所ができたことからさらなるラインナップ増の期待がもてるブランドでもあります。
ブランド名は本坊酒造の顧問であり、国産ウイスキーの父と呼ばれた岩井喜一郎氏に由来します。
香りはバニラウエハース、焼けた金属、木の皮、レーズン、土っぽさ、干し草、若干のピート。
口に含むと、もったりとしたミディアムボディ。
味わいはウエハース、バニラエッセンス、干し柿やローストしたナッツ、甘み控えめの針葉樹の樹液、ドライフルーツ。
余韻では香りで感じたときよりもはっきりとピートを感じられます。
ドライな印象ですが、複雑でピートもしっかり効いている、玄人向けのブレンデッドという印象。
世界的評価も高く2013年にはIWSCにて銀賞及び最高得点のアウトスタンディングを受賞。
ストレートやロックなど飲み方を選ばず、飽きずに毎日でも飲めるボトルです。
岩井トラディション ワインカスクフィニッシュ
スタンダードの「岩井トラディション」を、山梨マルスワリナリーの穂坂日之城農場で造られた赤ワインに使用した樽にいれ、一年以上追加熟成(フィニッシュ)して造られたボトル。
香りはドライプラム、オレンジママレード、マスカットなどのフルーティ感、レモングラスのハーブ、なめし革、最後にピート香もしっかり感じ取れます。
口に含むと、とろりとした粘性を感じるボディ。
味わいは最初にベリー系の甘みと酸味、ママレード、エスプレッソのビター、カカオ、バニラエッセンス、後半にどっしりとしたピートを感じ、苺ジャムと木酢の混じり合った余韻。
ワインカスクで1年間以上フィニッシュしており、しっかりとワインカスクの影響を感じ取ることができます。
こちらも2013年IWSCにて銀賞を受賞しています。
岩井トラディションのおすすめの飲み方
ジャパニーズブレンデッドウイスキーの中において、長野の地元民のみならず、愛好家にも評価の高い岩井トラディション。
クラフトディスティラーらしく生産量もそこまで多くはないので、これまでは知る人ぞ知るウイスキーでしたが最近ではリカーショップやスーパーマーケットでも普通に見かけますね。
岩井トラディションのフレーバーはユニークで複雑。
麦芽風味が強く、茹でたパスタを彷彿とさせます。他にも干し柿、ユーカリ油のような印象もあります。
余韻はミディアムロングで、どんな飲み方でもおいしいです。
個人的には若干加水したほうがウッディな香りが立つと思うので、トワイスアップもしくはオンザロックでの飲み方をおすすめします。
ワインカスクフィニッシュは粘性が高くマイルド、ワイン樽らしい収斂味がしっかりとあります。
こちらのおすすめはハイボールです。酸味が絶妙でベリー系の赤いフルーツを強く感じます。
やや金属感を感じてしまう人もいるかもしれませんが、タンニンが得意な人はトラディションと飲み比べてみても面白いと思います。
2020年秋にはウイスキー生産設備が拡充され、リニューアルオープンする予定のマルス信州蒸溜所。
蒸留棟や熟成庫、ビジターセンターも改修・拡張され、投資金額はなんと12億円にも上るようです。
今後が楽しみですね。