2026年7月7日、四国で初めて「ジャパニーズウイスキー」の定義を正面からクリアしたシングルモルトが送り出されます。徳島県阿波市の阿波乃蒸溜所が手がける「阿波乃 シングルモルト」、希望小売価格6,000円(税別)、初回ロット約700本の限定リリースです。
1857年創業の老舗が、半世紀ぶりにウイスキーへ回帰

阿波乃蒸溜所を擁する日新酒類は、1857年(安政4年)創業の「太閤酒造場」を源流に持つ徳島の総合酒類メーカーです。
同社のウイスキーとの関わりは古く、1949年の段階でウイスキー製造免許を取得し、ブレンド用アルコールを混和した「ヤングセブン」という2級ウイスキーを製造していた歴史があります。
その後、国産ウイスキー市場の低迷期に蒸溜から一時撤退。清酒「瓢太閤」で全国新酒鑑評会の金賞を重ね、2018年のクラフトジン「AWA GIN」、2020年の麦焼酎ベースウイスキー「騒(zomeki)」と発酵・蒸溜の技術を積み上げてきました。そして2023年4月、太閤酒造場の焼酎貯蔵倉庫をリノベーションした阿波乃蒸溜所で本格的な初蒸溜が始まりました。
160年以上にわたる清酒・焼酎造りで培った酵母や乳酸菌の精密なコントロール技術が、ウォッシュ造りにそのまま活きています。発酵時間は最長95時間と、スコットランドの標準的な48〜60時間を大きく超える設定です。醸造蔵の知見なしには成立しない工程といえるでしょう。
「重さ」を狙って設計されたスチルと、温暖気候の加速

蒸溜器はケミカルプラント社への特注品で、ヘッド部分がストレート型、ラインアームがやや下向きに設計されています。
この組み合わせが意味することは明確です。ヘッドがくびれていたりラインアームが上向きだったりすると、蒸気が冷えて釜に戻る「還流」が強まり、軽快ですっきりした酒質になります。
阿波乃の設計では還流を抑え、フーゼル油や高級脂肪酸エステルを含む「重い成分」も余さず留出させます。意図的に骨格の太い原酒を造ることを選んだ設計といえるでしょう。
その理由は熟成環境にあります。

阿波市土成町は温暖な瀬戸内型気候でありながら、夏と冬、昼と夜の寒暖差が激しい土地柄です。
貯蔵庫はあえて空調を入れず、換気扇のみで管理しています。この環境下では樽の「呼吸」が活発になり、夏の高温で液体が膨張して木材の深部まで浸透し、冬に収縮してバニリンやタンニンを伴って戻ってきます。スコットランドの年間エンジェルズシェア(天使の分け前)が1〜2%程度であるのに対し、日本の蒸溜所では2〜6%に達するケースも珍しくありません。目減りは経済的なロスである一方、残された液体の濃縮度を高め、短期間でリッチな香味を引き出すというメリットでもあります。

軽い原酒では温暖気候の強い樽影響に負けて木の渋みだけが際立つリスクがあります。重厚な酒質を意図的に造り込んでいたのは、この熟成環境への計算された回答だったといえるでしょう。
3年でどこまで来たか

2026年6月22日、3年の熟成を満了した樽が初開栓されました。複数の樽をヴァッティングし、アルコール度数48%で瓶詰めされたファーストリリースのプロファイルは、バーボン樽由来のバニラ香、レーズンを噛んだような凝縮された果実味、そしてオークのウッディなニュアンスと伝えられています。
注目すべきは製造担当の言葉です。「思ったより雑味がない、飲みやすいタイプに仕上がった」という評価は、3年熟成としては異例に高い完成度を示しています。重厚なニューポットは熟成が浅い段階でフーゼル油由来の粗さが残りやすい傾向がありますが、土成町の激しい寒暖差が促した活発な樽の呼吸が、それを丸みのある複雑な香味へと変えたといえるでしょう。48%という度数設定も、加水による香味の崩れを防ぎながらストレートでもハイボールでも軸がブレない味わいを実現するための意図的な選択です。
ローカルファーストの流通哲学

700本という数量に対し、6,000円という価格は近年の国内クラフトシングルモルトのファーストリリースとしては明らかに抑えられています。多くの新興蒸溜所が1万〜1万5,000円前後で初回リリースを設定する中、この価格設定は投機的な転売よりも飲み手の裾野を広げることを優先する意思の表れではないでしょうか。
販売は公式通販や事前予約を受け付けず、出荷後に問い合わせ対応という形で県内の酒販店や飲食店を案内するローカルファーストの手法を採っています。四国初のジャパニーズウイスキーをまず地元に根付かせたいという姿勢は、企業規模の小ささを逆手に取った確かな戦略といえます。
製造担当の原田祥宏氏は「3年経って、ウイスキーにちゃんとなっているので僕の中では100点だが、今をベースの60点として、ここからさらに点数を増やしていけばいい」と語っています。7月7日のリリースは終着点ではなく、出発点といえるでしょう。









