ウィリアム・グラント&サンズ社が展開する「ハウス・オブ・ヘーゼルウッド」が、ウイスキーの新たな価値を提案するユニークな長期プロジェクト「One For The Next」を開始しました。
その目標は、40年後の2065年に、世界初となる“100年熟成”のシングルグレーンウイスキーを完成させること。
これは、近年の熟成年数競争とは一線を画す、未来を見据えた試みです。
短期的な投機とは異なる思想
このプロジェクトの背景には、近年のウイスキー市場における短期的な投機目的の取引や、ウイスキーの「コモディティ化」に対する独自の考えがあります。
ハウス・オブ・ヘーゼルウッドのディレクター、ジョナサン・ギブソン氏は、その着想の一つが、ヒップホップグループ「ウータン・クラン」にあると語ります。彼らがアルバムを世界に1枚だけ制作し、「2103年まで商業リリースしない」という条件で売却した逸話。
そこにある「今のためではなく、未来の世代のための価値を創造する」という考え方が、このプロジェクトに影響を与えています。
世代を超える“遺産”としてのウイスキー

「One For The Next」は、ウィリアム・グラント&サンズ社のオーナー一族が、何世代にもわたって樽を受け継ぎ、その価値を育んできた歴史を、コレクターが追体験できるような仕組みになっています。
まず、プロジェクトの第一章として、ガーヴァン蒸溜所で蒸溜された60年熟成のシングルグレーンウイスキー「One For The Next Chapter One」が25本限定(1本10,000ポンド)でリリースされました。
しかし、ボトリングされたのは樽の中身のごく一部。残りのウイスキーは熟成庫に戻され、今後10年ごとに70年、80年、90年、そして最終目的地の100年熟成として、順次ボトリングされる計画です。
購入者は、自身の生涯を超えるかもしれないこの長い旅路に参加することで、単にウイスキーを所有するのではなく、物語と価値を次の世代へと受け継ぐ「遺産」を築くことになります。
100年熟成への挑戦
100年という前例のない熟成期間には、技術的な課題が伴います。
アルコール度数が40%を下回れば法的にウイスキーと名乗れなくなり、樽の木の影響が強すぎれば原酒の個性が失われる可能性があります。
この難題に対し、ハウス・オブ・ヘーゼルウッドは緻密な対策を講じています。
ウイスキーを、特別に用意された「非常によく使い古された」ヨーロピアンオークの樽に入れ替え、アルコールの蒸発を抑制。
同時に、これ以上樽の風味が強く移らないように配慮しています。
その樽は、旧コンバルモア蒸溜所跡地にある、涼しく半地下の特別な倉庫で、静かにその時を待っています。
第一章の味わい

この長期的な物語の始まりを告げる60年熟成のウイスキーは、どのような味わいなのでしょうか。
香りは驚くほどフローラルで、ジャスミンやスイカズラ、満開のユリの花を思わせます。続いてバターポップコーンのような甘く香ばしいグレーンウイスキーらしさに、ダークベリーのニュアンスが重なります。
口当たりはシルクのように滑らか。ブルーベリーの果実味から、ポルトガルのエッグタルト「パステル・デ・ナタ」や、バニラクリームをかけたアップルクランブルのような、甘美で贅沢な風味が広がります。上質なワインセラーを思わせる高貴な樽香は決して出しゃばることなく、温かく包み込むような長い余韻へと続きます。
このプロジェクトは、単に希少なウイスキーを販売するだけでなく、購入者と造り手の間に長期的な関係を築き、ウイスキーが持つ本来の魅力を伝えようとする試みです。40年後の未来、このウイスキーがどのような表情を見せてくれるのか、多くのウイスキー愛好家が注目しています。