ミスターバーテンダー佐藤昭次郎さんに聞く、昭和・平成・令和のウイスキーの60年史

日本における最高位のバーテンダーに与えられる称号「ミスターバーテンダー」。

みなさんはご存知でしょうか。

2018年6月に一般社団法人日本バーテンダー協会よりミスターバーテンダーに表彰された佐藤昭次郎さんは、御年77歳。

生まれ育った地元、大分県大分市の繁華街に店を構え、60年近くの歳月をバーテンダーとして過ごしてきました。

今回は昭和30年代の高度成長期から現在に至るまで、佐藤さんの半生と共に日本の洋酒業界の移り変わりを伺ってまいりました。

「バーカスク」のロゴ。中央の45とは、メジャーカップの45mlを表現している

バーテンダーを目指した昭和35年

佐藤さんがバーテンダーの職についたのは高度経済成長期真っ只中の昭和35年(1960年)。

4年後に第18回東京オリンピックを控え、日本中が好景気に沸いていた時代です。
  

だっこちゃん大流行

1960年、だっこちゃん人形を買い求める人達

この当時に流行したのが「だっこちゃん人形」。腕にくっつけて歩くのが大流行しました。

令和を生きるみなさんは昭和35年なんて想像がつくでしょうか?
BARREL読者の皆様もまだ生まれていないという方も多いことでしょう。

まずは当時、どんなふうにウイスキーを飲んでいたのかお聞きしました。

ウイスキーの格安試飲通販ショップ

当時のウイスキーの価格と飲み方

佐藤さん
私がバーテンダーになった最初の頃はトリハイと言って、トリスのハイボールをみなさん飲んでいましたね。たま~に角が飲めたらそれが最高級品でしたよ。

そのあとにオールドが出て、リザーブ、ロイヤルが出てきて、だんだん上質なウイスキーが飲めるようになっていったんです。

この時代はほとんどがブレンドウイスキーで輸入品のスコッチもありましたけど、ジョニ黒、ジョニ赤、カティーサーク、ホワイトホースなんかね。
これらは当時とても手が出る値段ではなかったですよ。

この当時のサラリーマンの月給平均は1万3千円ほど。

輸入ウイスキーはボトルで1万円以上の品も多く、大変な高級品でした。

2019年現在で言えば、人気蒸溜所の25年以上の長熟品を超える額です。とてもじゃないけど無理ですね。

貨幣価値も変わった現在では、カティサークやホワイトホースは2000円前後で手に入りますが、昭和35年はウイスキーを手軽に楽しめる時代でなかったことが伺えます。

その後、税率の引き下げや輸入自由化などの法改正がありウイスキーは現在の価格に落ち着きました。

たくさんの珍しいボトルが並ぶ店内。

昭和30年代当時、飲み方やお値段もずいぶん違っていたようです。

佐藤さん
あの頃は、ショットで飲んだら30円、ハイボールで40円。

トリスも角も、今はあんまり飲まれないですけど、あの当時で飲めるウイスキーってコレぐらいしかないからショットで飲むお客さんもいましたね。

そんなに悪くないですよ。ショットで飲んだって充分おいしいですよ。

割って飲むのもハイボールかコークハイね。

コークハイで使うコーラも、ペプシが主流で、コカ・コーラは少なかった。

あの当時はみんなペプシコーラで割ってましたよ。

30円、40円のお値段に驚きますが、現在の貨幣価値で計算すると800円くらいになるので、角やトリスのハイボールをバーで注文した場合、今も昔もあまり変わらない感覚で楽しめたようです。

輸入酒に関してはまだまだ簡単に手に入る時代でなかったのでかなり割高ですね。

佐藤さん
最初、大分の店で働いて、その後すぐに東京に行って渋谷のバーで修行していました。

渋谷で働き始めてから何日かしてお客さんに『水割りちょうだい』って言われたんですよ。

ところが今まで水割りの注文を受けたことがなくて、『水割りって何ですか?』と聞き返したら

『そこに富士の鉱泉があるだろう』と言われて。

当時、一升瓶に富士の鉱泉って入ってましてね。いわゆる今のミネラルウォーターですけど、それで水割りを出すんです。

それを知らなくて、お客さんに教えてもらって出したんですよ。

『へえ、こんなのもあるんか?』ってあの時は思いましたけど、それから少しづつ水割りが出だして。

今では当たり前のように日本中で愛飲されている「水割り」ですが、まだまだ都会でしか飲まれていなかった頃の話です。

その後、昭和の後半から平成にかけ、しばらくは水割りが主流となり、ハイボールはあまり見かけることはありませんでした。

 

そしてハイボールは2009年に華麗に復活を遂げます。

ハイボール→水割り→ハイボール

の順で流行っているわけですね。

実はこのハイボールの復活流行にも佐藤さんが関わっているのです。

ウイスキー再流行の火付け役

店内には、佐藤さんが掲載された新聞や雑誌の記事が飾られている。隣のケースには以前に受賞したメダルなども。

2009年から爆発的に増え続けるハイボール需要。

ハイボール愛飲家が増えたこともあって、ウイスキーの消費拡大につながっています。

実はこの「ハイボール再流行の火付け役」が佐藤さんと言われています。

佐藤さん
サントリーが「角ハイボール」を宣伝してから27年ぶりにウイスキーの消費が上がったと聞きました。

それからここ10年くらいですかね、お店でもまたウイスキーが出るようになったのが。

10年前にね、サントリー角の売り上げを伸ばしたいと頼まれて、宣伝をするのに大分合同新聞に出たんです。

その時に『角はどうやって飲めばいいですか?』と聞かれたんで【ソーダ割りのハイボール】を提案したんです。

そしたらその広告が載った当日から角ハイボールの注文がわんさかきましてね。
 
その後、サントリーの支店長さんが店にやって来て、「売り上げはどうか?」と聞かれて。

「いや、あの日からすごくて・・・」と話したら、どうやらそれがピンと来たみたいでしたね。

それからテレビのCMなども始まって・・・まあ、真意はわかりませんがね。

佐藤さん
お客さんたちは角のハイボールをたくさん注文して飲んでくれたんだけど、それからやっぱり舌が肥えるとまた違うのを頼みたくなる。

それもちょっとずついいのをね。

今はバランタインやラフロイグなどでハイボールをつくってくれという注文がありますよ。

ソーダ割にするとうまいんですよね。

角ハイボールとモルトウイスキーのハイボール、店で出すときの値段の差は100円くらいですからね。

意外と高いウイスキーのほうが格安で楽しめるんですよ。

佐藤さんが作る「角のソーダ割」の盛況ぶりにピンときたサントリー支店長はもちろんですが、佐藤さんのふとしたレシピ提案が平成ウイスキーブームのきっかけなのかもしれません。

地方新聞の小さな広告から一気に全国的な流行を巻き起こすことになるとは、佐藤さんも思っていなかったそうです。

佐藤さん
最近は日本にもたくさんのモルトウイスキーが入ってきていますね。

私も最近スコットランドに行ってきましたが、あの当時に比べてうまくなってきてると思います。

アイラモルトなんて、昔お客さんに勧めたら『なんじゃこれ、消毒液か』って言われたんですよ。

ところが今はブレンデッドよりもモルトのほうが人気があってすごく出るんですよね。

そういうところは僕らがこの世界に入った昭和35,6年の辺りから見ればずいぶん変わったなあ、と思うところです。

昭和から平成、そして令和へ。

長い年月をかけ洋酒と向き合ってきた佐藤さん。

お客様の好みの変化をいち早く察することができるバーテンダーという仕事を続けてきたからこそ感慨深いものがある様子でした。

佐藤さんがハイボールを提案したサントリー角の広告。

女性客の変化

佐藤さんがバーテンダーを始めた頃は、女性が一人でバーに入るというのは滅多になかったと思うのですが、現在ではどうでしょうか。

女性客の変化を伺いました。

佐藤さん
いやいや。30年くらい前はカクテルがブームで、女性客がすごく多かったですよ。

大分辺りでカクテルを出すお店も少なかったから、この店に若い女の子がたくさん来ましたね。

男性客は2人くらいであとは全員女性で満席なんて日もありました。

 

あの当時から比べたら女性客は減ってはいますけど、今でもけっこういらっしゃいますよ。

こういうお店なので、変な酔っぱらいがいないから安心感があるんでしょうね。

バーテンダーも白髪ですから心配いらないし(笑)

ひとりで飲んでいても邪魔されないですしね。

佐藤さん

ウイスキーファンの女性も増えていますね。一人で来てショットで飲まれる方もいますよ。

女性客でウイスキーを飲むときにロックの注文が多いですね。

ウイスキーベースのカクテルも注文なされます。

カクテルなら好みに合わせて変化できますから注文しやすいと思いますよ。

女性が増えるのはやっぱりうれしいですね。

『女性だから甘いもの』というような考えが今はなくなってきていますから、男女問わずお酒を好きなように飲めるようになったのはいいことだと思います。

女性の飲酒率は年々増える傾向にありますが、飲食店業界にとってはうれしい出来事のようです。

30年前、バブル景気と共にカクテルブームがありました。

パンナコッタやティラミスが流行したのもこの時代。目新しいものに女性たちは釘付けになりました。
特に色とりどりの美しいカクテルは若い女性たちを中心に人気を博したのです。

あの当時は確かに甘いリキュールベースのものが中心で、「カクテルといえば甘いお酒」というイメージが根付いた原因となっているともいえます。

時代は変わり、今や女性もウイスキーを気軽に口にします。

長年カウンター越しにお客様の移り変わりを見てきた佐藤さんにも頼もしく見えるのかもしれません。

ミスターバーテンダーを受賞して

2018年6月 ミスターバーテンダーを受賞した佐藤昭次郎さん

大分市都町のバー「カスク」ではミスターバーテンダーのチルトン杯などが飾られている

佐藤さんは、一般社団法人 日本バーテンダー協会における最高名誉、「ミスターバーテンダー チルトン杯」を2018年6月に受賞しました。

1929年(昭和4年)に日本バーテンダー協会(NBA)は設立されました。

NBA加盟バーテンダーの中からカクテル作りの技術と知識、そしてそれにふさわしい人格を兼ね備えた人物に送る最高賞として「ミスターバーテンダー」があります。

受賞者は1952年から数えて佐藤さんで28人目、九州では2人目、大分県では初の受賞となります。

この賞を受けることができたバーテンダーは昭和27年から現在までにたった28名ですから、大変名誉な受賞をしたことで沢山の変化があったようです。

佐藤さん

受賞してからNHKが来たり、OBS(大分放送)が来たりでたくさんテレビで放送してもらったんですけど、それからものすごい忙しくて。

平日でも週末並みの忙しさでした。去年の10月くらいまでそんな調子でしたね。

ちょっと困ったのは、常連さんがしばらく入りにくくなってしまったことでしょうか。

佐藤さん

でもね、全国各地からお客さんがお見えになってくれたんですよ。

ミスターバーテンダーのカクテルが飲みたい』って。

ウチの店を目的にここまで来てくれるんですよね。

しばらくお店にお客さんが多かったので、せっかく遠方からいらしていただいたお客様に少しご不便をおかけした点もあったと思いますが、私にはとてもありがたい出来事でした。

今回の受賞によりテレビや新聞など、たくさんのメディアに一気に取り上げられたことで「バー カスク」の名前も全国のカクテルファンに知られることとなりました。

「知る人ぞ知る・・・」というイメージでひっそりと営業していた頃の雰囲気を知る者としては少し寂しい気もしますが、筆者も同じ大分県民として、他県からたくさんの方々が訪れてくださったことはとてもうれしく思います。

長い年月を懸け、バーテンダーという職業を追求し続ける姿勢が今回の評価につながったと感じました。

こんな珍客も!?詳しくは大分市観光PR動画「さるたび」をチェック!

長くお店を続けることができたのには・・・

東京での修行を終え、1975年(昭和50年)に現在の場所に店舗を構えてから約45年。

浮き沈みの激しい飲食店業界においてこれだけ長い年月を迎えることができたのには、佐藤さんのたゆまぬ努力もさることながら、長らく支えてくださった常連客の皆様あってのことだと思います。

お客様の変化を聞いてみると、老舗ならではのお話を伺うことができました。

佐藤さん

長い人はね、もう親子3代来てますね。

初代はもうあの世に逝っちゃったけど(笑)。

お父さんが息子を連れてきて、息子が親になってまた子供がお酒が飲めるようになったら連れてきて。

そうそう、今の若い子はすぐ(スマホで)調べるね。写真を撮って。なかなか飲んでくれない(苦笑)。

 

いろんなタイプのお客さんがいますけど、いいお客さんといいお付き合いを続けること。

これからお店をしようかと考えている人にはこれが一番大事だと思います。

佐藤さん

私はもう年も取りましたからお客さんにも言いたいこと言ってますけど、(ネットのグルメサイトなどに個人が店舗を批評するような時代になりましたが)細かいことは気にせず、お顔を見てきちんとお付き合いできるいいお客さんをね、大事にすることです。

ここを大事に思ってくれる方が今も多く来てくれます。

それが私も一番ありがたいことですし、一番大事にしていることです。

ここ数年であっという間に普及したインターネット環境は調べたいことが簡単に解決でき、とても便利な時代になりましたが「店舗経営とは人付き合いに尽きる」と佐藤さんは繰り返し話してくださいました。

飲食店に限らず、これから店舗経営に挑戦したいと考えている方にとっても参考になるお話でした。

毎夜、たくさんのお客様がこの店を訪れます

ミスターバーテンダー 至高の一杯

佐藤さんに”当サイトはウイスキーサイトなので、ウイスキーカクテルを何かお願いします。”と伝えてみました。

すると出てきたカクテルは・・・

ウイスキーカクテルのスタンダード「マンハッタン」

ウイスキーカクテルのスタンダード「マンハッタン」

「マンハッタン」でした。

「マティーニ」「サイドカー」と並ぶ世界3大カクテルの一つに数えられるほどのスタンダード。

マティーニをカクテルの王様と言われるのに対し、マンハッタンはカクテルの女王と言われています。

 

佐藤さんの手からスッと目の前に差し出されたグラスは、凛と輝いて見えます。

そして仕上げに入れたレモンピールの香りが最初に鼻をくすぐります。

そっとグラスを傾け、まず一口。

ドリンクは程よく冷えていて口の中にとろりと流れ込みます。

 ウイスキーとスイートベルモットのまろやかなハーモニー。

いつもの辛口ウイスキーはすっかり姿を変え、甘美な味わいに変化していました。

佐藤さんから「3,4口くらいで飲み干すものだそうですよ」

とアドバイスをいただき、言われた通り、4口ほどで飲み干してしまいました。

飾りのマラスキーノチェリーも程よくカクテルが染み込んで、とってもおいしい。

まさに至高の一杯というにふさわしい味わいでした。

「こんなにおいしいカクテルを、私は今まで飲んだことがあったかしら」とふと考えるほどの一杯。

この一杯のカクテルを飲むために、全国から人が押し寄せていることに改めて気づかされます。
 
わざわざ旅券を取り、この小さな店を訪ねてくる価値が存分にあるのです。

バーテンダーとして誰よりも長い年月を懸けカクテルを作り続けてきた佐藤さん。

その手から紡ぎ出される一杯を求め、今日もたくさんのお客様が「Bar CASK」を訪れていることでしょう。

カクテル「マンハッタン」に使用したのはカナディアンクラブでした

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ここが居場所

今回の取材では、佐藤さんの口から次から次へと繰り出されるウイスキー昭和史に驚きを隠せませんでした。

77歳の年齢を忘れてしまうほど、ときにはジョークを交えながら気さくに話してくださり、あっという間に時間が過ぎてしまいました。

そして最後に、これからはどうしたいですか?と尋ねてみました。

佐藤さん

私は18歳でこの世界に入って、これが好きで、これだけをやってきました。

転職なんて考えたこともないです。

それでこの年齢になるまでやってこれたのはすごくラッキーなことだと思うんですよね。僕は運がいいと思うんですよ。

 

これからも足が丈夫な限りは店に立ち続けます。

店にいるのが落ち着くんですよね。

若い時からずっといる場所ですから。

「運がいい」と謙遜するその姿の裏には、お客さんと正面から真摯に向き合ってきたバーテンダーの誇りが見え隠れしていました。

今夜も大分の繁華街で、「Bar CASK」の小さなネオンに明かりが灯ります。

Bar CASK 大分
「Bar CASK」
住所:大分県大分市都町3丁目2-35 山下ビル2F
電話番号:097-534-2981
営業時間:19:00~02:00
定休日:日曜・年末年始
客席数:22席

「少しずつ試せる」通販ショップ

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