スコッチやアイリッシュの一部に感じられる、あのトロピカルフレーバー。長年「なんとなく好きだけど理由は分からない」で片付けられてきたこの香りの正体を、英ヘリオット・ワット大学とキリンの共同研究チームが突き止めました。
研究自体は昨年、専門誌に掲載済みでしたが、大学が今週になって研究成果を発表しています。
エステルではなく、別の経路だった

これまでウイスキーのバナナやリンゴ、洋ナシのような香りは、発酵中に生成される「エステル」由来だとよく知られていました。
一方で、同じフルーティー系でもマンゴーを思わせるトロピカルフレーバーがどこから来るのかは、長らく判然としていませんでした。
研究を担当した博士課程のタケヒコ・ヒウラ氏が、スコットランドとアイルランドの14種のウイスキーを分析した結果、正体はエステルとは別の化合物群でした。
ウイスキーに一般的に含まれる「アルデヒド」と「アセタール」が、トロピカルフレーバーを増幅させていたのです。

中でもマンゴー香が突出して強かった1本には、イソブチルアルデヒド、イソバレルアルデヒド、イソバレルアルデヒド・ジエチルアセタールという3つの化合物が高濃度で含まれていました。
研究チームがこれらの化合物をトロピカルフレーバーの弱いウイスキーに添加したところ、フルーティーな香りが顕著に強まったといいます。
研究チームはさらに、これらの化合物は既存の製造工程の中で増減をコントロールできる可能性がある、とも述べています。ピート香を焚き方で調整するように、あのトロピカルフレーバーも酵母選定や蒸溜条件の工夫で狙って作れる時代が来るのかもしれません。
手放したブランド、育て続ける基礎研究
この研究で興味深いのは、共同研究先がキリンだったという点です。
同社は今年4月、傘下のバーボン「フォアローゼズ」をE.&J.ガロワイナリーへ売却したばかりで、
完成品ブランドとしてのウイスキー事業は一部縮小させています。
その一方で、香りの根源を探る基礎研究には引き続き資金と人員を投じているという構図です。

日本の蒸溜所の中にも、同じ香りを追いかけている例があります。京都の丹丘蒸留所は、二段階発酵によってトロピカルな果実香を狙う原酒づくりを掲げており、
今回の研究が示した化合物のメカニズムと、現場の造り手が感覚的に追い求めてきた香りが、少しずつ言語化され始めている段階にあるのかもしれません。
すでに商品は動き出している
理論の後を追うように、商品側からの回答もすでに出てきています。
インドのアムルット蒸溜所は今月、特殊な酵母株を用いてトロピカルフレーバーを強調した新作「アムルット・クランティ」をインド国内で発表しました。

テイスティングノートには、ポメロを思わせる柑橘の爽やかさやココナッツの香りが挙げられています。
ただし、酵母株由来の香りづくりと、今回の研究が特定したアルデヒド・アセタールによる香りの増幅は、厳密には別の経路です。
アムルット側が今回の研究を踏まえて開発したという情報はなく、あくまで「トロピカルフレーバーを狙って作る」という方向性が、理論と商品の両側から同時多発的に進んでいる、という見方が正確でしょう。










