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約200年前に使用されていたウイスキー密造拠点が発掘されました!

約200年前に使用されていたウイスキー密造拠点が発掘されました!

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©Copper alloy collar found at illicit whisky still site in Ben Lawers NNR Credit: National Trust for Scotland

スコットランド・ハイランドのベン・ロウアーズ国立自然保護区で、約200年前に使用されていたウイスキー密造拠点(ボシー)が発掘されました。

スコットランド・ナショナル・トラスト(NTS)の考古学チームとボランティアが行った発掘調査で、石造りのボシーとともに、スチルの一部と見られる銅合金製のカラーが出土しました。

ほぼすべての密造スチルは収税吏に没収・破壊されており、部品単体での発見でさえきわめて稀とのこと。

その部品がこの場所に残された理由は、200年前にここで起きた緊迫した状況を物語っています。

ローアーズ・バーンの曲がり角に埋もれた密造の痕跡

発掘地点はベン・ロウアーズ自然保護区内を流れる小川、ローアーズ・バーン沿いのくぼみです。

NTS考古学部門責任者のデレク・アレクサンダーによれば、ボシーはローアーズ・バーンの一方の流れに沿って隠れるように位置しており、川の緩やかなカーブが上流・下流双方からの視線を自然に遮断する地形条件が整っていました。密造者たちは偶然ではなく、収税吏のパトロールを想定した上で意図的にこの立地を選んでいたのです。

発掘されたボシーの内部からは、燃焼の痕跡を伴う石造りの炉、床下を走る石蓋付きの排水溝、そして壁が崩落した際に埋もれたとみられる木製の屋根支持柱が確認されました。

排水溝は冷却水や糖化後の廃液を効率的に外部へ逃がすための設備で、単なる野営地ではなく、密造という目的のために建造された恒久的な施設であったことを示しています。

ベン・ロウアーズ自然保護区内には、これまでに5か所の密造ボシー跡が確認されています。

しかし今回の発掘地点は、スチルの部品が実際に出土したという点で、5か所の中でも唯一の例外的な場所となりました。

なお発掘に先立ち、スコットランド王立古代歴史建造物委員会(RCAHMS)がかねてよりこの地点を密造拠点の疑い箇所として記録していた経緯があります。

「アン・ゲアラダン」——逃亡の瞬間に置き忘れられた銅片

発掘の最大の成果は、銅合金製のテーパー状のカラーです。

NTSの考古学チームはこれをゲール語で「アン・ゲアラダン(An Gearradan)」、すなわち「接合部品」と呼んでいます。小型ポットスチルにおいて、ヘッド部分とラインアーム(蒸気を冷却器へ送る管)を物理的につなぐジョイントパーツです。

その同定には20世紀初頭に編纂されたゲール語辞典が根拠として示されています。辞典には「ア・フォイト・ドゥーヴ(A Phoit-dhubh)」と呼ばれる密造用の小型ポットスチルの図解が掲載されており、各部品に名称が付されています。今回の出土品の形状はその図解と一致しており、部品の同定に高い確信が与えられました。

では、なぜこの部品だけが現場に残されていたのでしょうか。

アレクサンダーはこう分析しています。

収税吏がこの場所を発見していれば、スチルは即座に没収・破壊されていたはずです。部品が残っているということは逆に、密造者たちが収税吏に見つかる前に逃げ切ったことを示しています。

密造者たちは常に「身軽に、痕跡を残さず」行動することを鉄則としていました。

そのうえで彼は「スチルを解体して素早く逃げる際、このカラーだけを慌てて置き忘れていったのではないか」という状況を示唆しています。200年越しで発見されたこの銅片は、密造者が命がけで逃げた瞬間の痕跡でもあるわけです。

なお、NTS施設のひとつ、モントローズにあるハウス・オブ・ダンでは、コータキー出土の完全な状態の銅製スチルが現在も展示されており、当時の密造技術を実物で確認することができます。

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命がけの密造を強いた、重税と収奪の時代

なぜハイランドの人々は、摘発のリスクを冒してまで密造を続けたのでしょうか。その背景には18世紀スコットランドの過酷な社会経済的状況があります。

スコットランドにおけるスピリッツへの課税は17世紀にまで遡ります。

1707年のイングランドとの合同以降、両国の税制が統一されたことで重税化が進み、ハイランドの農民たちへの経済的圧迫は増していきました。

1780年代には、それまでスコットランドで長年続いてきた無許可の自家蒸留が非合法化され、1788年の消費税法では小型スチルの使用そのものが禁じられます。

しかし多くのハイランドの小作農にとって、余剰の大麦を付加価値の高いウイスキーに加工して換金することは、地代を払い、家族を養うための現実的な手段でした。

法律が禁じたからといって、すぐに生活の糧を失うわけにはいきません。

こうして密造者たちは山深い渓谷へと活動の場を移し、急峻な地形、豊富な水源、そして自然のカモフラージュを巧みに利用した秘密の拠点を各地に構えるようになりました。

ハイランドの密造者たちは決して孤立した犯罪者ではなく、地域コミュニティ全体が関与する経済活動の担い手でした。

税収を求める国家権力と、生き延びようとする民衆との攻防は数十年にわたって続きます。

アレクサンダーが今回の発掘を「コミュニティの抵抗の行為」と表現するのは、こうした歴史的文脈を踏まえたものです。

1823年の転換——密造者が「合法」に転じた日

密造と取り締まりのイタチごっこに終止符を打ったのは、弾圧の強化ではなく政策の大転換でした。

1823年の消費税法改正によって税率が大幅に引き下げられ、合理的なライセンス制度が導入されると、多くの密造者が合法的な蒸留所の開設へと転換していきます。

ザ・グレンリベットの創業者ジョージ・スミスは1824年にスペイサイドで最初期の合法蒸留所のひとつを立ち上げた人物として知られています。今日のスコッチを代表するブランドの多くが、この時期にアンダーグラウンドから表舞台へと姿を現しました。

一方、法の恩恵を受けられなかった小規模な農民たちは、ウイスキー経済から締め出されていきます。

合法化は近代産業の出発点でもあると同時に、それまで地域コミュニティを支えていた非公式経済の解体をも意味していました。

今日ビジターセンターを構える多くの名門蒸留所の背景には、この激動の時代を生き延びた人々の足跡が刻まれています。

ベン・ロウアーズで発見されたボシーも、その歴史の一部です。

200年越しの「探偵仕事」——グレンリベットとNTSの共同プロジェクト

今回の発掘は、スコットランド・ナショナル・トラストとザ・グレンリベットが協働する「パイオニアリング・スピリット(The Pioneering Spirit)」プロジェクトの一環として実施されました。

アレクサンダーは「遺跡を見つけるには、収税吏のように考えなければならない」と語っています。

密造者が選んだ立地、構造の工夫、そして逃亡の痕跡——それらを解読することで初めて、200年前の密造の現場が現代に蘇ります。

プロジェクトはこれまでにスコットランド全土で30か所の密造遺跡を特定しており、マール・ロッジ・エステート、トリドン、ベン・ローモンドなど各地で発掘調査が続いています。

2008年にはグレン・アフリックで林業関係者がスチルを収めていたとみられる小屋の基礎跡を発見、後に国家的重要記念物として認定されています。2019年にはロッホ・ローモンド・アンド・トロッサックス国立公園内で密造拠点と特定された廃農場跡が2か所確認されました。

NTSの考古学チームによるこれらの調査成果は、2025年に「Current Archaeology」誌が主催するアワードにおいて「年間最優秀考古学研究プロジェクト賞」を受賞しています。

ウイスキーの密造史は長らく、民話や伝承の域を出ないものとして扱われてきました。しかし考古学的な物的証拠の蓄積によって、それが実際に高度な知識と技術に基づくコミュニティの営みだったことが証明されつつあります。過去の「法を逃れるための工夫」が、現代においてスコッチウイスキーの文化的深度を裏付ける根拠として機能しているという逆説は、今回の発掘が示した最も示唆深いポイントかもしれません。

オーツカ
「収税吏のように考えなければ遺跡は見つからない」という言葉が刺さりますね。200年間、誰にも見つからなかったのは、密造者たちの知恵の証と言えるでしょう。



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