サントリーホールディングス傘下のサントリーグローバルスピリッツは2026年2月25日、スコットランドのアイラ島に所有するボウモア蒸溜所とラフロイグ蒸溜所の生産体制を統合し、一時的な減産に踏み切ることを明らかにしました。
米国によるスコッチウイスキーへの関税発動に伴う販売低迷と、世界的なインフレによる需要減退を受けた抜本的な構造改革となります。
アイラ島を代表する2大ブランドの現場統合と人員整理

スコッチウイスキーの聖地とも呼ばれるアイラ島において、ボウモアとラフロイグはわずか18キロメートルという近距離に位置しています。
この地理的な近接性を活かし、両蒸溜所でこれまで独立していた蒸溜業務や伝統的なフロアモルティングの現場チームが一つの統合体制へと再編されます。
体制の統合に伴い、対象部門の従業員には希望退職プログラムが提示されました。
会社都合による強制的な解雇は予定されておらず、あくまでグローバルな人事戦略に基づいた自発的な選択による人員削減を目指していると言えます。
華やかなフルーティさを持つボウモアと、強烈なピート香を放つラフロイグ。
両者の全く異なるブランド・アイデンティティを守るため、現場の生産チームは統合しつつも、各ブランドの経営や管理構造は厳格に分離された状態を維持する方針です。
米国関税の重圧とシングルモルト市場の急速な収縮

この歴史的な減産と体制統合の背景には、最大の輸出市場である米国での急激な販売不振があります。
米国政府がスコッチウイスキーに対して一律10パーセントの輸入関税を発動して以降、対米輸出量は前年同期比で15パーセントもの劇的な減少を記録しました。
関税によるコスト増が末端価格に転嫁された結果、消費者がスコッチを離れ、比較的安価なアメリカンウイスキー等へ流れるトレードオフが起きているというわけです。
スコッチウイスキー協会の最新データによれば、業界の利益を牽引してきた高価格帯の「シングルモルト」カテゴリは前年比で6.0パーセントのマイナスに落ち込んでいます。
一方で、より手頃な「ボトル入りブレンデッドモルト」が23.1パーセントの驚異的な伸びを示しており、消費者の明確な低価格帯への移行が見て取れます。
さらに2026年7月には、現在凍結されている航空機補助金問題に絡む報復関税が復活し、最大35パーセントという破壊的な関税が課されるリスクも浮上しています。
業界全体を覆う構造不況と過剰在庫への警戒

ISLAY, SCOTLAND – SEPTEMBER 11 2015: The sun shines on Ardbeg distillery warehouse
今回のサントリーの決断は、決して単独の孤立した事例ではありません。
現在、スコットランドに存在する全蒸溜所の約19パーセントが深刻な財政的逼迫に陥っていると推計されています。
世界最大のスピリッツ企業である英ディアジオもスコットランドでのモルト生産を一時停止する措置をとっており、業界全体が「過去数十年にない重圧」に晒されている状態です。
英国内での急激な酒税引き上げや環境対応に伴うパッケージング税の導入、そしてエネルギーコストの高騰も、蒸溜所の経営体力を内部から激しく侵食しています。
ウイスキーは熟成に10年から25年以上を要するため、需要低迷期に過剰な生産を続ければ、将来的な供給過多による価格暴落を招きかねません。
現在の市場の冷え込みを一時的なものではないと判断し、将来の在庫過剰を未然に防ぐための極めて戦略的かつ冷徹な減産措置と言えるでしょう。
グローバル化の限界とローカライゼーションへの対比

多国籍企業が数十カ国にまたがる関税政策の脅威に晒され、事業の縮小を余儀なくされている現在のスピリッツ市場。
長野県の清川蒸留所や福島県の玉野アセンド蒸留所のように、サプライチェーンを極小化して徹底的に地域資源と結びつく日本のクラフト蒸溜所の動きとは、明確なコントラストを描いています。
巨大資本による効率化の追求と、小規模生産者による極端なローカライゼーションという、業界の二極化が今後さらに加速していくのではないでしょうか。
サントリーグローバルスピリッツは蒸溜所の閉鎖計画を明確に否定しており、今後3年間にわたりボウモアとラフロイグの両蒸溜所に対して強力な資本投資プログラムを実施する予定です。
アイラ島の厳しい風土に根ざした象徴的なブランドは、かつてない荒波の中で筋肉質な体質改善を図り、次世代への生き残りをかけた新たな生産体制へと移行していきます。










