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スコッチウイスキーの岐路:英国増税の国内圧力とインド市場の可能性

スコッチウイスキーの岐路:英国増税の国内圧力とインド市場の可能性

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スコッチウイスキー産業は、現在大きな岐路に立たされています。英国国内での過去に例を見ない酒税の引き上げが経済的な重荷となる一方、インドとの新しい自由貿易協定(FTA)が巨大な市場への扉を開きました。

スコッチウイスキー協会(SWA)は2025年10月28日、英国政府による酒税の引き上げが物価高を加速させ、経済成長を妨げているとする最新の調査結果を発表しました。これは業界団体によるただの懸念表明ではなく、英国経済全体に関わる深刻な問題を提起しています。

英国国内の逆風:記録的な増税と経済への影響

SWAが発表したリリースの核心は、英国政府の財政政策、特に酒税の引き上げが国内経済に与える影響です。

1. インフレを加速させる酒税

SWAの調査によると、2025年のアルコール価格の上昇が、英国全体の物価高(インフレ)に大きく影響していることが明らかになりました。英国国家統計局(ONS)の分析では、2025年8月までの1年間で、物価上昇分100ポンド(約18,000円 ※2025年10月時点換算、以下同様)のうち、実に3ポンド(約540円)がアルコール飲料によるものでした。

この背景には、過去2年間で累計14%という大幅な酒税の引き上げがあります。この結果、スコッチウイスキーの平均的なボトル価格のうち、約4分の3(75%)が税金(酒税と付加価値税/VAT)という、極めて高い税負担となっています。ボトル1本あたりの税金は12ポンド(約2,160円)を超え、記録的なレベルです。

SWAのマーク・ケント最高責任者(チーフ・エグゼクティブ)は、「酒税の引き上げが消費者の負担を増やし、企業の活力を奪い、国家財政を圧迫していることは、数字が明確に示している」と述べています。現在の物価上昇率が3.8%で横ばいとなる中、政府が直接調整できる政策である物品税が、物価高の原因の一つとなっている状況です。

2. 財政政策の皮肉(パラドックス):増税がもたらす税収不足

通常、税金を増やすのは国庫の収入を増やすためです。しかし、今回の酒税引き上げは逆の結果を招いている可能性が指摘されています。

SWAは政府自身の統計を引用し、過去2年間の増税にもかかわらず、財務省の歳入が政府の予算機関(OBR:予算責任局)の予測を6億ポンド(約1,080億円)も下回っていると指摘しています。さらに、2025年9月の蒸留酒からの税収は、前年同月比で17%も減少しました。

これは、税率が高くなりすぎたために消費が冷え込み、結果として全体の税収が減ってしまうという、経済学の考え方(「ラッファー曲線」の現象)を示唆している可能性があります。国民の消費意欲が低下する中で増税が行われた結果、政府が期待した収入を得られていないのです。

3. 国の借金(借入コスト)への影響

SWAの分析は、酒税引き上げの影響が国債の利払い費用にまで及ぶ可能性を示唆しています。分析によれば、今後発表される予算案で酒税がさらに1%引き上げられるごとに、政府の借入コストは翌年、9,000万ポンド(約162億円)増加すると予測されています。

逆に、もし政府が秋季予算で酒税を据え置く(凍結)判断を下した場合、国の財政において3億ポンド(約540億円)以上の節約につながる可能性があるとSWAは試算しています。

レイチェル・リーブス財務大臣は、2025年2月から非ドラフト製品(ボトル詰め蒸留酒など)の税率を物価上昇率(RPI、推定2.7%)に連動させて引き上げる方針ですが、パブなどで提供される樽生(ドラフト製品)に減税措置を講じたことに対し、業界団体は強く反発しています。SWAは、「蒸留酒は飲食店での販売量(販売単位)は15%に過ぎないが、利益の3分の1以上を占める主要な収益源だ」と指摘し、今回の増税方針が飲食業界の収益を直撃すると警告しています。

スコッチウイスキー産業の経済的基盤

なぜスコッチウイスキー産業の声がこれほど重要視されるのでしょうか。それは、この産業が英国経済において非常に大きな役割を果たしているからです。

1. 英国経済への多大な貢献

関連資料によると、スコッチウイスキー産業は2022年に71億ポンド(約1兆2,780億円)もの付加価値総額(GVA)を英国経済にもたらしました。これは2018年比で29%の増加であり、その成長力を示しています。

特にスコットランドでは、GVAの100ポンドあたり3ポンドをスコッチウイスキー産業が生み出しており、まさに基幹産業です。従業員一人当たりの生産性も27万3,000ポンド(約4,914万円)と非常に高く、資本を効率よく活用している産業であることがわかります。

雇用面でも、スコットランド国内で4万1,000人以上、英国全体では関連雇用を含め6万6,000人以上の雇用を支えています。また、原料となる大麦の約90%をスコットランド国内で調達しており、農業サプライチェーンにとっても欠かせない存在です。

2. 世界への輸出:英国の「顔」

スコッチウイスキーは、英国最大の食品・飲料輸出品目です。2024年には、英国の食品・飲料輸出総額の22%を占め、総輸出額は54億ポンド(約9,720億円)に達しました。世界160以上の市場に向け、毎秒44本のスコッチウイスキーが出荷されています。

現在、スコットランドの保税倉庫では2,200万樽(70clボトル換算で約120億本)のウイスキーが熟成を待っており、これは将来にわたる巨大な経済的価値の源泉となっています。

このように、英国経済において高い生産性と輸出の牽引役を担う産業だからこそ、国内での過度な増税が投資意欲やサプライチェーンに与える影響は無視できないものとなっています。

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国際市場における逆風と戦略的転換

国内での増税問題に加え、スコッチウイスキー産業は国際市場においても複数の困難に直面しています。

1. 米国関税の継続的な負担

米国はスコッチウイスキーにとって最大の輸出市場ですが、現在も10%の関税が課されています。この関税により、産業は毎週約400万ポンド(約7億2,000万円)もの輸出損失という深刻なコストを負担し続けています。SWAは米国政府に対し、関税ゼロの貿易を実現に向けた交渉を最優先事項として推進するよう強く求めています。

2. 主要市場における消費トレンドの変化

2024年の世界輸出額は、前年比で3.7%の減少を記録しました。これは、世界的な経済摩擦や物価高が成長の勢いに影響を与え始めていることを示しています。

特に注目すべきは、主要市場である中国の変化です。2024年の中国におけるスコッチウイスキー輸入額は、前年比で31.5%という大幅な減少を記録しました。これは、中国国内の経済状況の変動により、消費者が従来の高級ブランド志向から、価格と品質を重視する「リバース消費」へとシフトしていることが背景にあると分析されています。

このトレンドは、有名ブランドだけでなく、これまであまり知られていなかった蒸留所(例えばアードモア、ブナハーブン、レダイグなど)の製品が、その品質と価格のバランスから再評価される機会にもつながっています。消費者の行動が、ブランドへの忠誠心から、より価値ある発見へと移り変わりつつあるのです。

最大の好機:インドFTAという新たな道

国内の増税圧力、米国の関税、中国の市場シフトという厳しい環境下で、スコッチウイスキー産業にとって最大の光明となっているのが、インドとの自由貿易協定(FTA)です。

1. 150%から75%へ:関税の大幅削減

3年間の交渉を経て、2025年7月に英国とインドのFTAが署名されました。これはスコッチウイスキー産業にとって歴史的な成果と言えます。

この協定により、インド市場におけるスコッチウイスキーへの輸入関税は、従来の150%という極めて高い水準から、直ちに75%へと半減されました。さらに、協定開始から10年後には40%まで段階的に削減される予定です。

インドは「世界最大のウイスキー消費人口」を抱える巨大市場です。これまで高関税に阻まれてきましたが、この障壁が大幅に引き下げられたことの意義は計り知れません。

2. 年間10億ポンドの潜在的成長

経済予測によれば、このFTAはインドへのスコッチウイスキー販売において、年間最大で10億ポンド(約1,800億円)の売上増加をもたらす可能性があると試算されています。これは、米国の関税によって失われているコスト(毎週400万ポンド)や、他の市場での停滞を補って余りある、非常に大きな潜在力です。

米中市場が不安定さを増す中で、インド市場の開拓は、スコッチウイスキー産業の長期的な成長を安定させ、牽引していくための最重要戦略となっています。

ただし、課題もあります。インドは連邦政府レベルでの関税が下がっても、各州によって異なる規制や物流の複雑さを抱えています。このFTAの恩恵を最大限に享受するためには、現地の流通網の整備や消費者への教育など、集中的なリソース投資が不可欠となります。

まとめ:国内の安定が、国際的な飛躍の鍵となる

スコッチウイスキー産業が直面する状況は、非常に明確です。

一方では、英国政府による記録的な酒税の引き上げが、物価高を助長し、国内市場を冷え込ませ、さらには政府自身の税収すら減少させるという悪循環を生み出しています。SWAが「酒税の凍結」を強く求めるのは、この負の連鎖を断ち切り、国内市場の安定を取り戻すためです。

もう一方では、インドという巨大な未開拓市場への扉が、FTAによって劇的に開かれました。これは、米国や中国といった既存市場の不確実性を相殺し、産業の未来を支える可能性を秘めた最大の機会です。

しかし、この国際的な飛躍を実現するためには、強固な国内基盤が不可欠です。国内市場が過度な増税によって疲弊すれば、インド市場へ戦略的に投資するための資本や、米国の関税負担に耐える体力が失われてしまいます。

SWAのマーク・ケント氏が述べているように、秋季予算における酒税の凍結は、「国内市場でのビジネスの信頼を与えるだけでなく、年末商戦を控えた消費者の負担を軽減し、2026年以降の政府の借入コストをも削減する」ことにつながります。

私たち日本のウイスキー愛好家にとっても、スコッチウイスキー産業の安定は、多様な製品を享受し続けるために重要です。

英国政府が、71億ポンドの価値と6万6,000人の雇用を生み出す基幹産業の声に耳を傾け、国内の安定と国際的な成長機会の双方を追求できる賢明な財政判断を下すことを期待します。




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