アサヒグループホールディングスは10月9日、11月1日から予定していた国産ウイスキー「ブラックニッカ クリア」や「ハイニッカ」などを含む計26品目の価格改定を延期すると発表しました。この決定の背景には、9月末に発生した大規模なサイバー攻撃による深刻なシステム障害があります。
何が起きているのか?―サイバー攻撃の経緯と影響
今回の事態は、単なるシステムトラブルではありません。時系列で状況を整理します。
9月29日:
アサヒグループの国内事業において、受注・出荷システムやコールセンターなどが停止するサイバー攻撃が発生。
10月上旬:
全国の工場の生産活動は順次再開。しかし、受注や物流を管理する基幹システムは依然として障害が継続。
10月7日:
「Qilin(キリン)」と名乗るランサムウェア集団が犯行声明を発表。アサヒ側も、外部へ情報が流出した可能性を認め、調査を進めていると公表しました。
10月9日:
システム障害により出荷できる商品が一部に限られるため、ウイスキーなどの値上げ延期を正式に発表。
現在の問題の核心は、工場の生産ラインではなく、注文を受け付けて商品を配送する「物流のデジタル系統」にあります。システムが機能しないため、受注や出荷業務は電話やFAXといった手作業に切り替わっており、その処理能力は大幅に低下している模様です。
値上げ延期、しかし懸念される「品薄」のリスク
消費者にとって、予定されていた値上げが延期されることは、一見すると朗報に聞こえるかもしれません。しかし、その背景にある根本的な問題を理解する必要があります。
今回値上げが延期されたのは、原材料高騰などの理由がなくなったからではなく、「そもそも商品を安定的に出荷できない」という深刻な事態に陥っているためです。
工場で製品が造られても、注文をさばき、全国の小売店に配送するシステムが麻痺しているため、今後は特定の品目、特に「ブラックニッカ クリア」のような日常的に消費される高回転の商品を中心に、一時的な品薄や欠品が店頭で発生する可能性があります。価格が上がるか、棚から商品が消えるか、という状況の中で、現在は後者のリスクがより高まっていると言えるでしょう。
今後の見通しとウイスキー市場への影響
アサヒビールは、延期後の価格改定日を「未定」としています。システムが完全に復旧する時期が見通せないため、現時点では新たなスケジュールを立てられない状況です。
ここで考慮すべきは、値上げの要因であった原材料や物流費の高騰は、この間も続いているという事実です。そのため、将来的に価格改定が再設定される際には、延期期間中のコスト上昇分も加味され、当初の予定よりも上げ幅が大きくなる可能性も否定できません。
また、今回のシステム障害は、9月のビール類販売実績の発表延期にも繋がっています。年末商戦を目前に控えたこの時期の供給網の混乱は、同社の業績だけでなく、ウイスキー市場全体の需給バランスにも影響を与える可能性があります。
今回のサイバー攻撃は、現代の酒造りや流通がいかにデジタルシステムに依存しているか、そしてその脆弱性を浮き彫りにしました。ウイスキーが安定して私たちの元に届くためには、製造技術だけでなく、強固なサイバーセキュリティが不可欠であるということですね。