世界的なウイスキーブームの熱狂が、調整期に入ったことを示す、象徴的なニュースが飛び込んできました。
世界最大のスピリッツメーカーであるディアジオ社が、スコットランドとアメリカに所有する3つのウイスキー蒸溜所の生産を、一時的に停止することを発表したのです。
対象となった3つの蒸溜所とその背景
今回、生産が一時的に停止されるのは、以下の3つの蒸溜所です。
ティーニニック蒸溜所(スコットランド) ハイランド地方に位置するこの蒸溜所は、単独でシングルモルトとしてボトリングされることは稀ですが、年間1,000万リットルを超える高い生産能力を持ち、「ジョニーウォーカー」をはじめとするディアジオ社の主要なブレンデッドウイスキーの、骨格を支える重要な原酒供給源です。
バルコネス蒸溜所(米国・テキサス州) 2008年に設立された、アメリカンクラフトウイスキーのパイオニア的存在。その革新性と品質の高さからカルト的な人気を誇り、2022年にディアジオ社が買収したことで大きな話題となりました。今回の生産停止に伴い、17人の人員削減も行われるとのことです。
ジョージ・ディッケル蒸溜所(米国・テネシー州) ジャックダニエルと並ぶ、テネシーウイスキーの二大巨頭の一つ。その歴史は19世紀に遡り、伝統的な製法を守り続けています。
ディアジオ社は、今回の措置について「今年の生産量計画をすでに上回ったため」であり、「生産の一時的な減速や停止は、効率化の目標を達成するために毎年行われる標準的な業務の一環」と説明しています。バルコネスでは2026年6月まで蒸留と樽詰めを停止するとしていますが、ビジターセンターの運営は継続されます。
背景にある、世界的な市場の「在庫調整」

Building upon the series’ award-winning legacy, the new George Dickel Bottled in Bond Spring 2011, Aged 12 Years was awarded Double Gold at this year’s San Francisco World Spirits Competition with a score of 96.
ディアジオ社の公式説明とは裏腹に、業界関係者の多くは、この動きを近年の爆発的な需要増に対する「在庫調整」の局面に入ったことの現れと見ています。
パンデミック期を通じてウイスキー需要は世界的に急増し、各メーカーは将来の需要を見越して大幅な増産投資を行ってきました。しかし、パンデミック後の世界的な経済の不透明感や物価高騰により、特に米国市場などでウイスキーのような嗜好品の消費に減速の兆しが見え始めています。
その結果、生産量と現在の需要との間にギャップが生まれ、「倉庫が満杯」という状況に陥っているのです。
この動きはディアジオ社に限りません。先日、LVMH(モエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトン)グループ傘下のグレンモーレンジィ蒸溜所も、通常の夏季休業(サイレントシーズン)を延長する形で、同様の生産調整に入ったことが報じられています。
ブームの終わりか、それとも健全化への過程か

今回のニュースは、ウイスキーブームの終わりを告げるものなのでしょうか。
一概にそうとは言えません。むしろ、過熱した市場がより持続可能な成長へと向かうための、健全な「調整期」の始まりと捉えるべきでしょう。ウイスキーは、需要に応じて生産量をすぐに増減させることができない、非常に長期的な視野を必要とする産業です。
今回のディアジオ社の決断は、短期的な売上よりも、10年後、20年後を見据えた在庫の適正化を優先するという、業界のリーダーとしての責任ある判断と見ることもできます。ウイスキー市場が新たなフェーズに入ったことを示す、重要なシグナルであることは間違いありません。