2026年2月、ウイスキー業界に激震が走りました。
アイラ島の異端児、ブルックラディ蒸留所が、ブランドの絶対的なアイコンである「ザ・クラシック・ラディ(ノンエイジ)」の終売を決定。その代わりに投入されるのは、「ザ・クラシック・ラディ 10年」です。
「期間」や「数量」を限定したスポット商品ではありません。今回は完全なリニューアルのようです。
これまで「年数表記にとらわれない」という哲学を掲げ、NAS(Non Age Statement)の正当性を世界に説いてきた彼らが、その旗艦モデルを完全に「10年」へと置き換えるのです。

「50%・10年・価格維持」!さすが俺たちのラディ

まず、読者の皆様に理解していただきたいのは、今回発表されたスペックがいかに「経済合理性を無視しているか」という点です。
通常、ウイスキーブランドがNASから「10年」「12年」といったエイジステートメント(年数表記)へ移行する場合、メーカーは原酒コストの上昇を相殺するために、以下のいずれかの手段を取るのが通例です。
アルコール度数を下げる: 46%や50%から、酒税やボトリングコストが安くなる40%〜43%へ加水する。
大幅な値上げ: 「熟成の手間」を理由に、定価を20〜30%引き上げる。
しかし、ブルックラディはどちらも選びませんでした。
彼らが提示した「ザ・クラシック・ラディ 10年」のスペックは、競合他社を絶望させるレベルの「無料アップグレード」なのです。
【緊急比較】 新旧ラディ vs アイラ島のライバルたち
言葉で語るよりも、以下の比較表を見ていただくのが早いでしょう。ブルックラディの「10年」が、同じアイラ島のスタンダードボトルといかに異なる立ち位置にいるかが一目瞭然です。
| ブランド | 商品名 | 熟成年数 | アルコール度数 | 冷却ろ過 | 参考実勢価格 (税込) |
| ブルックラディ | ザ・クラシック・ラディ 10年 (新) | 10年 | 50.0% | なし | ¥7,370 |
| ブルックラディ | ザ・クラシック・ラディ (旧) | NAS | 50.0% | なし | ¥7,150 |
| アードベッグ | アードベッグ 10年 | 10年 | 46.0% | なし | ¥7,500 前後 |
| ラフロイグ | ラフロイグ 10年 | 10年 | 43.0% | あり | ¥7,000 前後 |
| ボウモア | ボウモア 12年 | 12年 | 40.0% | あり | ¥6,000 前後 |
| カリラ | カリラ 12年 | 12年 | 43.0% | あり | ¥7,500 前後 |
| ラガヴーリン | ラガヴーリン 16年 | 16年 | 43.0% | あり | ¥11,000 前後 |
| キルホーマン | マキヤーベイ | NAS | 46.0% | なし | ¥7,800 前後 |
特筆すべきは、やはり「50%(ABV)」の維持です。
ウイスキーにおいて、冷却ろ過(チルフィルター)を行わずに瓶詰めできるギリギリの度数は「46%」と言われています。
アードベッグなどがこのラインを守っているのは、原酒本来の香味成分(エステルや脂肪酸)が白濁して沈殿するのを防ぎつつ、風味を残すためのギリギリの妥協点だからです。
しかし、ブルックラディはそのさらに上を行く「50%」を選びました。
これはボトラーズブランドのいわゆるカスクストレングスに近いハイプルーフ領域であり、加水量を極限まで減らすことで、原酒が持つオイリーなテクスチャ、口の中にへばりつくようなフルーツの余韻を、一切削ぎ落とさずに届けるという意思表示でもあります。
「10年熟成の手間」をかけながら、「50%の濃さ」を維持し、「価格は数百円差」。
他社が真似をしたくてもできない、圧倒的な「体力(在庫力)」の証明に他なりません。
10年になっても「中身」は隠さない

「10年表記になる」際に、ブルックラディのアイデンティティである「トレーサビリティ(透明性)」はどうなっちゃうのでしょうか。
これまでのNAS版「クラシック・ラディ」は、ボトルの裏面に記載されたコードを公式サイトに入力することで、そのバッチに使われた大麦の品種、農場、樽の構成比率(バーボン樽〇〇%、シェリー樽〇〇%など)を完全に閲覧することができました。
NASという「不透明な商品」だからこそ、彼らは中身を「透明」にすることで信頼を勝ち取ってきたのです。
では、10年という「分かりやすい看板」を手に入れた今、この面倒なシステムは廃止されるのでしょうか?
取材の結果、答えは「継続」です。 新「10年」においても、我々はこのコードシステムを通じて、中身の構成を知ることができます。
これは極めて重要な意味を持ちます。
通常、消費者は「10年」という数字を見た瞬間に思考停止して安心してしまいます。
しかしブルックラディは、「全ての原酒が10年以上であることを、データとして証明する」という、さらに高いハードルを自らに課したわけです。
もしかすると、そのレシピの中には10年だけではなく、12年、15年といった原酒もブレンドされているかもしれません。
50%の味わいに熟成感を搭載するためには、長熟のモルティさは必要になるでしょうからね。 「10年」という数字に胡座をかかず、中身のスペックシートを公開し続ける姿勢。これこそが、ブルックラディが「変態(褒め言葉)」と称される所以と言えるでしょう。
「売る酒がない」から「余っている」へ。SWAデータが語る真実

時計の針を少し戻しましょう。
2010年代中盤、世界的なウイスキーブームの裏で、業界は深刻な「原酒不足」に悲鳴を上げていました。
熟成庫は空っぽで、メーカーは苦肉の策としてNAS商品を乱発しました。
「年数にとらわれない味作り」という言葉は、半分は真実でしたが、残り半分は「年数を書ける原酒がない」という悲痛な叫びでもあったのです。
しかし、2026年現在。状況は完全に逆転しました。
SWAが発表した2025年の輸出レポートによると、スコッチウイスキーの総輸出量は数量ベースで前年比4.3%の減少を記録しています。特に最大の市場であるアメリカ向けの輸出鈍化が顕著です。
この背景には、世界的な需要の落ち着きに加え、2019年から数年間にわたりアメリカが導入していたシングルモルトへの追加関税(現在は停止中)の後遺症も無視できません。 輸出の停滞が長引いたことで、本来出荷されるはずだった原酒がスコットランド国内の倉庫に滞留することとなり、これが結果として現在の「在庫のダブつき」を加速させたと考えられます。
一方で、生産現場はどうでしょうか。
2010年代後半、各社は将来の需要増を見込んで積極的な設備投資と増産を行いました。
その時に蒸留された原酒たちが、今まさに「熟成10年〜12年」のピークを迎えているのです。 輸出(需要)が落ち着き、生産(供給)が満ちた今、業界は「供給過多)」のフェーズに入りつつあります。
倉庫には、出荷を待つ良質な10年ものの原酒が積み上がっています。「原酒がないからNASで売る」という言い訳は、もはや物理的に成立しません。
原酒が余り始めた市場で生き残るための唯一の解、それが「高品質なエイジステートメント(年数表記)への回帰」なのです。
マッカラン、ニッカ、そしてアードベッグも
この「年数回帰」の波に乗っているのは、ブルックラディだけではありません。ここ数年で起きた業界の動きを点ではなく線で繋ぐと、巨大なトレンドが見えてきます。
ザ・マッカランの転換: かつて色で熟成度を示したNAS「1824シリーズ」を撤回し、再び「12年」をラインナップの中心に据え直しました。
ニッカウヰスキー(日本): 原酒不足で長らく姿を消していた「余市10年」「宮城峡10年」が、2025年に完全復活を果たしました。
アードベッグの追随: そして今年、同じアイラ島のアードベッグからも「10年 カスクストレングス」の発表があったばかりです。
これらは全て、市場が「売り手市場(何でも売れる)」から「買い手市場(選ばれる酒)」へとシフトしたことの証明です。
消費者が求める「時間という確かな価値」を提示できないブランドは、淘汰される時代が来たのです。
世界最速の実験場。なぜ2月17日の「ローソン」なのか
そして、この歴史的な転換点を世界で最も早く体験できる場所が、本国スコットランドでも巨大市場アメリカでもなく、日本のコンビニエンスストア「ローソン」である事実は、これ以上ないサプライズです。
1. 「市場縮小」へのカウンターパンチ
SWAのデータには、衝撃的な数字が記されています。2025年の日本向けスコッチ輸出量は、数量ベースで前年比27%減という大幅な落ち込みを見せました。
円安による価格高騰や、ジャパニーズウイスキーの復権により、日本のスコッチ市場は今、調整局面を迎えています。
このタイミングでの「世界最速投入」は、日本市場という重要拠点の熱量を再点火するための、ブルックラディからの「反撃の狼煙」と言えます。
2. 「ハイボール缶」での成功体験
なぜパートナーが「ローソン」だったのか。そこには明確な実績があります。
実は、2025年9月にもローソン限定で「ブルックラディ ハイボール缶(ラディ・ハイボール)」が先行販売されていたことをご存知でしょうか。
「プレミアムなアイラモルトを、日本のコンビニで手軽に」という戦略において、両社はすでに成功体験を共有しています。
その強固な信頼関係があったからこそ、今回の主力商品リニューアルにおける異例の先行販売が実現したのでしょう。
3. 「200ml」という絶妙なサイズ感
そして、200mlボトル(税込2,640円)というサイズ感も絶妙です。
7,000円オーバーのフルボトルは、味がどう変わったか分からない新作として買うには勇気がいる価格です。
しかし、2,000円台の小瓶なら、「今夜のハイボール」として日常の延長で手が伸びます。
日本は世界でも稀に見る「ハイボール文化」が根付いており、かつシングルモルトの知識層が厚い市場です。
「日本向けだからと度数を下げたりしない。本気(50%)で作ったから、まずはコンビニで気軽に試してくれ」 そんなメーカーの自信と戦略が、この青い小瓶には詰まっているのです。
失われる「若さ」と、手に入れた「洗練」

「10年」へのスペックアップは、品質の向上を意味しますが、同時に「あの独特のキャラクターの変容」をも意味します。 新旧それぞれの公式情報やテイスティングノートを基に、その違いを整理してみましょう。
旧NAS版(終売)のテイスティングコメント
現行のNAS版には、若い原酒も巧みにブレンドされており、それがエネルギッシュな個性を生んでいました。
特徴: フレッシュな大麦糖(バーリーシュガー)、ミント、野花のようなフローラルさ。そして後味にはアイラ島特有の海風(潮気)が駆け抜けます。
印象: 洗練された中にも、どこか若々しいパンチ力や、複雑な塩味のアクセントが魅力でした。
新10年版のテイスティングコメント
対して、2月17日にローソンで発売される「新10年」について、公式情報では以下のような要素が挙げられています。
特徴: スコットランド産大麦100%由来の香ばしさに加え、オーク、蜂蜜、ココナッツ、レモンピール、トーストしたパン。
印象: 全ての原酒が10年以上熟成されたことで、アメリカンオーク樽由来の「バニラ」や「ココナッツ」といった甘いニュアンスが前面に出ていることが読み取れます。
NAS版に見られた「若さゆえの荒々しい潮気」が、10年の時を経て「オークの甘み」や「円熟味」へとシフトしているのは間違いなさそうです。
50%の度数はそのままに、よりリッチで滑らかなスタイルへ。
間違いなく「美味しく」なっているはずですが、往年のファンにとっては、その洗練さが少し寂しく感じる瞬間があるかもしれません。
現行ボトルは確保すべきか?
ここで、多くの読者が気にしているであろう「現行(旧)ボトルはどうすべきか」という点について触れておきましょう。
結論から言えば、ウイスキーファンとして現行のNASボトルは「確保(飲み比べ用)」しておくことを強く推奨します。
理由は「資産価値」などという野暮な話ではありません。純粋に「二度と作られない味」だからです。
歴史の保存: 前述の通り、NAS版特有の「若さと熟成感の混沌としたブレンド」は、在庫回復期に入った今のブルックラディでは、もう再現する必要がない(あるいは再現できない)スタイルです。数年後、「昔のノンエイジは元気があって良かったな」と懐かしむ時、このボトルは「失われた時代のタイムカプセル」になります。
透明性の証人: NAS版のボトル裏面コードから分かるレシピ情報は、「原酒不足の時代に、彼らがいかに工夫して美味しいウイスキーを作っていたか」という歴史的資料そのものです。
「スペックが高い方(新10年)」が出たからといって、旧ボトルの価値がなくなるわけではありません。
むしろ、新旧を並べて飲むことで初めて、この10年間のブルックラディの進化と、ウイスキー業界の歴史的背景を舌で感じることができるのです。
市場在庫が定価で買える今のうちに、手元に1本残しておくのが、賢明なドリンカーの楽しみ方でしょう。
まずは2月17日、ローソンでの発売に備えよ!
ブルックラディの「10年回帰」は、ウイスキー業界が正常化し、再び「時間」と「スペック」で正々堂々と勝負する時代の幕開けです。
ウイスキーメディアBARRELからお伝えしたいのは、以下の3点です。
旧ボトルは保護すべし: 街の酒屋や量販店、通販サイトに残っている「水色のNASボトル」を保護してください。それは、もう二度と帰ってこない「青春の味」です。しかし買占めはいけません。一人一本までにしましょう。
2月17日(火)、ローソンへ行け: 仕事帰りにローソンに寄り、200mlの「新10年」を2,640円で手に入れてください。フルボトルを買う前に、数百円(一杯換算)で新時代のスタンダードをジャッジできる、世界で一番贅沢な権利を行使しましょう。
並べて、飲み比べよ: 左手にNAS、右手に10年。この2つを飲み比べて楽しむこと。未来のブルックラディ、ひいてはスコッチウイスキー業界に思いを馳せましょう。











