ウイスキー造りの根幹をなす、オーク樽での長い、長い熟成期間。
その常識をテクノロジーで覆そうという、大胆な挑戦が香港で始まりました。
香港を拠点とする新興企業「カオルーン・スピリッツ」が、独自に開発した熟成促進技術を用い、製造期間2ヶ月未満という驚異的なスピードで造られたシングルモルトウイスキーを発売し、大きな波紋を広げています。

「テスラ対エンジン車」:その革新的な製法
カオルーン・スピリッツのウイスキーは、麦芽の糖化、発酵、蒸留といった初期工程は伝統的な製法に則っています。
しかし、その後の熟成プロセスが全く異なります。
通常であればオーク樽に詰められ、何年もの歳月をかけて熟成されるはずのニュースピリッツは、ポルトガルの名門キンタ・デ・ラ・ロサのポート樽の木材と共に、ステンレス製のチャンバー(加圧容器)に入れられます。そして、圧力、エネルギー、温度を精密に制御することで、樽の中で自然に起こる化学変化を劇的に加速させるのです。
共同設立者の一人、ローレンス・ラウ氏は、この技術を「テスラ(電気自動車)と内燃エンジン車の比較」に例えます。
「伝統的なウイスキー熟成は、空気、アルコール、そして時間で構成されます。我々はその要素に何も加えていません。ただ、テクノロジーでそのプロセスを高速化させただけです」と彼は語ります。
それは「ウイスキー」と呼べるのか?
毎回この手の製品が大きな議論を呼ぶのは、「ウイスキー」の定義そのものに関わるからです。
ご存知の通り、スコッチウイスキーであれば最低3年間、日本の法律でも同様に3年間の木樽熟成が義務付けられています。
しかし、重要なのは、香港にはウイスキーの製造に関する明確な法的定義が存在しないという点です。そのため、彼らは自国において何らルールを破ることなく、この製品を「ウイスキー」として販売することが可能です。
逆に言えば世界的に認められることはなさそうですね。
マスターディスティラーのマックス・リビンスキー氏は、このウイスキーがバルヴェニーやグレンフィディックの12年熟成に見られるような「必須の化学化合物」を含んでいると主張しています。
造り手たちの哲学と市場の反応

興味深いことに、設立者のラウ氏(起業家)とリビンスキー氏(元金融)は、共に伝統的な酒造りのバックグラウンドを持たず、「お酒を飲まない」と公言しています。
彼らのアプローチは、伝統的な職人技ではなく、テクノロジーと市場のニーズを起点としています。
リビンスキー氏は「伝統的な愛好家を怒らせるかもしれないが、最も重要なのは美味しいこと、そして人々が好むものかどうかだ」と語ります。
その言葉を裏付けるように、最初にリリースされた1,000本のボトルは、すでに完売したとのことです。
40% ABV版: 698香港ドル(約15,000円)
50% ABV限定版: 2,500香港ドル(約53,000円)
同社の製品を扱う小売店では、グレンフィディック15年が550香港ドル、バルヴェニー12年が750香港ドルで販売されていることからも、その価格設定が非常に野心的であることがわかります。
ウイスキーの世界における「時間」の意味を問い直す、カオルーン・スピリッツの挑戦。
これが単なる一過性の目新しさで終わるのか、それともウイスキー造りに新たなパラダイムをもたらすのか。
時の判断を待ちましょう。