英国ヨークシャーに拠点を置くクーパー・キング蒸溜所は、ウイスキー樽を冷燻製する(コールド・スモーキング)独自の手法を開発し、この技術を用いて熟成させた初のシングルモルトウイスキー「スモークド・カスク:ピート・スモークド・オーク」をリリースしました。
このアプローチは、特に小規模な蒸溜所がスモーキーフレーバーを生み出すための新しい選択肢となる可能性があります。
開発の背景:小規模蒸溜所の視点

クーパー・キング蒸溜所は2016年に設立された小規模な蒸溜所です。
プレスリリースによれば、彼らはピーテッド(ピートを焚きしめた麦芽を原料とする)ウイスキーの製造を望んでいましたが、小規模な施設でピーテッド用のニューメイク・スピリッツ(蒸溜したての原酒)を別途製造することは、財政的にも技術的にも課題がありました。
そこで、蒸溜所は地元の樽職人と協力し、原酒ではなく「樽」そのものにスモークをかける方法を模索しました。
協力を仰いだのは、イングランドでも数少ない「マスタークーパー」(樽製造の名人)の一人として知られるアラステア・シムズ氏です。彼らはバーボン樽に直接取り付けて燻製を行う、特注の冷燻製器を開発しました。
「樽の冷燻製」技術とは何か

この「樽の冷燻製法」(CSCT: Cold Smoked Cask Technologyなどと呼ばれる)は、ウイスキーの熟成における従来の熱処理とは異なるアプローチを取ります。
ウイスキー樽は通常、製造工程でチャーリング(内部を強く焦がす)やトースト(穏やかに加熱する)といった熱処理が施されます。これらの処理は、木材に含まれるリグニンやヘミセルロースなどを分解し、バニリンやカラメル、オークラクトン(ココナッツの香り)といったウイスキーの複雑な風味を引き出すために不可欠です。
しかし、従来の熱処理では、これらの甘く香ばしい成分の生成と、木材由来のスモーキーなフェノール化合物の生成が同時に進行します。つまり、スモーキーさを強くしようとすると、他の熱由来の成分も必然的に増加するという化学的な連動性がありました。
今回開発された「冷燻製法」の核心は、この連動性を断ち切る点にあります。この低温プロセスにより、樽材に熱による構造変化(バニリン等の生成)を最小限に抑えながら、外部から発生させた煙の成分(スモーキーフレーバーの元となるメトキシフェノール類など)だけを選択的に樽材へ浸透させることが可能になります。
新リリース「スモークド・カスク:ピート・スモークド・オーク」

クーパー・キング蒸溜所は、この冷燻製法を用いた最初の製品として「スモークド・カスク:ピート・スモークド・オーク」を206本限定でリリースしました。
このウイスキーは、3つのファーストフィル・バーボン樽をブレンドして造られています。内訳は、比較対照のための未燻製の樽、ピートで1時間冷燻製した樽、そしてピートで4時間冷燻製した樽の3種類です。これらをブレンドする前に、それぞれ3年3ヶ月間熟成させました。
アルコール度数は56.1%で、冷却濾過や着色は行っていません。価格は英国のオンラインストアで115ポンド(2025年11月17日時点の為替レートで約23,500円)で販売されています。
ピート代替燃料と持続可能性への視点

クーパー・キング蒸溜所は、今回の初回バッチでは比較基準としてピートを使用しましたが、今後はピート以外の煙源の利用に重点を置くとしています。
ピートは貴重な炭素吸収源であり、その採掘による環境負荷についてはウイスキー業界でも議論が続いています。この冷燻製法は、ピートに代わる持続可能な煙源を実験するための実用的な手段となる可能性があります。
蒸溜所が次の候補として挙げているのは、地元のヨークシャー・デールズ国立公園で採れる「ヒース(ヘザー、ツツジ科の低木)」です。ヘッド・ディスティラーのアビー・ジャウメ博士は、「地元の環境要素を使って風味を形作ることは、その土地の本質を捉えたウイスキーを生み出す」と述べています。
この「煙源の多様性」は、他のブランドでも見て取れます。例えば、世界最大級の樽製造会社である米国のインディペンデント・スターヴ・カンパニー(ISC)は、すでに「メープル」や「アップル」の木材で冷燻製した樽を「スモークド・バレル」として製品化しており、従来のピーテッドウイスキーとは異なる、多様なスモークフレーバーの可能性が広がっています。

市場と規制の観点
この新しい技術は、フレーバーの多様性を求める市場の要求に応えるものですが、同時に既存のウイスキー規制との関係性も考慮する必要があります。
米国ではバーボンウイスキーの主熟成に「新品のチャーリングされたオーク樽」の使用が義務付けられているため、この冷燻製樽は主にフィニッシュ(二次熟成)での使用が中心になると予測されます。
一方、スコッチウイスキーの場合は、地理的表示(GI)保護の観点から「スコッチウイスキーの伝統的な特性」を維持することが求められます。そのため、ピート以外の煙源(例えばメープルやアップル)で風味付けされたウイスキーが、この「伝統的な特性」から逸脱すると判断された場合、規制上の問題が生じる可能性があります。
この技術が持つフレーバーの多様性を最大限に活用できるのは、現時点では特定のGIに縛られない「ワールドウイスキー」のカテゴリーである可能性も指摘されているようです。まぁこの辺は突破されそうな気はしますが。
クーパー・キング蒸溜所は、この冷燻製技術を独占する意図はなく、他の小規模蒸溜所が新しい持続可能なピート代替品を模索できるよう、知見を共有していく方針を示しています。
ジャパニーズウイスキーにも転用できるか
これを日本に当てはめれば、例えば「桜(サクラ)」や「檜(ヒノキ)」、「杉(スギ)」、あるいは「松(マツ)」といった、日本固有の木材チップで樽を冷燻製することが考えられます。
もし実現すれば、従来のピーテッドウイスキー(ピート由来の薬品や煙のような香り)とは全く異なる、日本的で繊細な燻製香(例えば、桜餅のような香りや、檜の落ち着いた香り)をウイスキーに付与できるかもしれません。









