2026年1月、クラフトビール界の革命児・ブリュードッグ(BrewDog)が下した決断は、単なる事業縮小ではありませんでした。
同社はスコットランド・エロンにある蒸留施設「BrewDog Distilling Co.」の閉鎖と、自社スピリッツブランドの生産終了を正式に決定しました。
「パンクIPA」で世界を変えた彼らが、なぜウイスキーやジンの世界から去るのか。 業界メディアへの声明や内部事情から浮かび上がってきたのは、夢を捨ててでも生き残りを図る、極めてシビアな「現実解」でした。

噂は事実に。公式声明が認めた「苦渋の決断」

公式サイトでの派手な告知こそありませんが、ブリュードッグは業界主要メディア(The Spirits Business等)に対し、以下の公式声明を出しています。
“After careful consideration, we’ve made the difficult decision to cease production of our distilling brands…” (慎重に検討した結果、我々は蒸留酒ブランドの生産を中止するという難しい決断を下しました。)
これにより、以下のブランドが市場から姿を消すことが確定しました。
LoneWolf Gin(ローンウルフ ジン)
Duo Rum(デュオ ラム)
Abstrakt Vodka(アブストラクト ウォッカ)
Single Malt Whisky(発売予定だったシングルモルト)
唯一の例外は、現在好調な缶カクテルシリーズ「Wonderland(ワンダーランド)」です。ただし、これも「蒸留酒メーカー」としてではなく、「飲料メーカー」の商品として残る形となります。
なぜ今なのか? 明らかになった「3つの撤退理由」

「ビールと同じ革命を起こす」と豪語していた彼らが、なぜ志半ばで白旗を上げたのか。取材により、その背景には3つの明確な理由があることが判明しました。
1. 5期連続赤字と「3,700万ポンド」の重み
最大の理由は財務状況です。ブリュードッグは2024年度決算で約3,700万ポンド(約70億円)の損失を計上しており、これで5年連続の赤字となりました。 エネルギーコストが高騰する中、利益率の改善が見込めない蒸留部門を切り離し、「本業(ビール)」に経営資源を全集中させることで、黒字化を急ぐ狙いがあります。
2. “蒸留の頭脳”の流出
組織的な限界も露呈していました。 蒸留部門の立ち上げから指揮を執ってきた責任者、スティーブン・カースリー(Steven Kersley)氏に加え、創業者のひとりであり技術面を支えてきたマーティン・ディッキー(Martin Dickie)氏もすでに会社を去っています。 推進力を失った蒸留部門にとって、事業継続は困難な道のりでした。
3. スピリッツ市場の過当競争
ジンやウイスキーの市場は、ここ数年で飽和状態(Red Ocean)に近づいています。 後発ブランドとして戦うには莫大なマーケティングコストが必要であり、同社は声明で「我々が本当に勝てる分野(=ビールとRTD)にエネルギーを注ぐ必要がある」と、敗北を認める形の戦略転換を行いました。
幻となった「ブリュードッグ・シングルモルト」
今回の閉鎖ニュースにおいて、ウイスキー愛好家が最も心を痛めているのは、「あと少しで、ブリュードッグ製のシングルモルトが飲めるはずだった」という事実です。
彼らは一体、どのようなウイスキーを世に問おうとしていたのか。 複数の未公開情報や、株主(Equity Punks)向けに開示された資料から、その「幻のスペック」が明らかになりました。
1. 名前は「LoneWolf」ではなかった
ウイスキーもジンと同様に人気ブランド「LoneWolf(ローンウルフ)」ブランドで発売されると予想していた関係者も多かった模様。
しかし、彼らが準備していたコア商品の名称は、極めてシンプルな『BrewDog Single Malt(ブリュードッグ・シングルモルト)』(仮称含む)でした。
2019年に蒸留所名を「LoneWolf Distillery」から「BrewDog Distilling Co.」へ変更した際、彼らは「ビールの世界的知名度を、ウイスキーにも直結させる」という戦略を選択しました。奇をてらった名前ではなく、直球の「ブリュードッグ」ブランドで勝負する予定だったのです。
2. 「トリプルバブル」が生む、フルーティーな革命
彼らのウイスキー造りは、決してポーズではありませんでした。数百万ポンドを投じた新蒸留所には、スコットランドでも珍しい「トリプルバブル・ポットスチル」が導入されていました。
通常のスチルよりも銅との接触面積を増やす独特な形状(3つの膨らみ)と、業界平均よりも遥かに長い7日間の発酵(ロング・ファーメンテーション)。これらを組み合わせることで、極めてフルーティーでエステリーな酒質を追求していました。 当時の蒸留責任者スティーブン・カースリー氏は、これを「2026年にリリースする」と公言しており、まさに完成直前での計画中止だったことが分かります。
3. 唯一の実存証明「Rebel Reserve」

https://www.just-whisky.co.uk/
一般市場には出回りませんが、彼らのウイスキーは確かに存在しています。 株主(Equity Punks)限定で頒布された『Rebel Reserve(レベル・リザーブ)』というシリーズです。
ここには、自社蒸留の3年〜4年熟成シングルモルトがボトリングされています。かつて販売された「Uncle Duke(アンクル・デューク)」が他社から買い付けたグレーンウイスキーだったのに対し、こちらは正真正銘のブリュードッグ製。 このごく少数のボトルだけが、彼らが夢見た「スコッチ革命」の唯一の遺産(レガシー)として、この世に残ることになります。
“幻”となった数百万ポンドの新蒸留所
最も痛ましいのは、本社向かいに建設されたばかりの最新鋭の蒸留所です。
数百万ポンドを投じ、ポットスチルや巨大な塔を設置したこの施設は、本格稼働して間もなくその役割を終えることになります。
この施設が売却されるのか、それともビールの発酵タンク置き場となるのか。その処遇についてはまだ明かされていません。
ローンウルフは「絶滅危惧種」へ

ブリュードッグのスピリッツへの挑戦は、「Wonderland」という缶カクテルのみを残して幕を閉じました。
それは、拡大路線を突き進んできたパンクな企業が、成熟した大企業として生き残るために選んだ「普通の、しかし正しい経営判断」だったのかもしれません。
現在、酒販店の棚に並んでいる『ローンウルフ』や『デュオ』は、文字通り「二度と造られないボトル」となりました。 その味と、彼らが見た夢を記憶に留めたい方は、早めの確保をお勧めします。














開発中だったブリュードッグのウイスキー、飲んでみたかった!!!