写真出典©https://www.angusdundee.co.uk/
トミントールやグレンカダムを所有する独立系ボトラー、アンガス・ダンディー・ディスティラーズは、中国・浙江省の淳安(チュンアン)に建設した新たな蒸溜所において、初となる原酒の樽詰めを完了しました。
以前、当メディアでも報じた通り、2023年末に発表されたこの壮大なプロジェクトは、建設段階から本格的な生産段階へと移行。2025年12月23日に執り行われた記念すべき第一樽の充填セレモニーにより、スコッチの伝統が中国の地で新たな歴史を刻み始めました。
「天下第一の秀水」千島湖が育むアジアのテロワール

淳安蒸溜所が位置するのは、中国でも屈指の透明度を誇る「千島湖(せんじまこ)」を見下ろす風光明媚な敷地です。この湖の水は古くから「天下第一の秀水」と称えられ、中国最大手の飲料メーカー、農夫山泉の源泉としても知られています。
ウイスキー造りの根幹を成す水において、この清冽な水源を確保したことは、アンガス・ダンディーが目指す高品質なシングルモルト製造の要となります。蒸溜所の外観には、江南・徽州(きしゅう)地方の伝統的な建築様式が取り入れられており、自然景観との調和が図られているのも特徴です。
7億人民元の投資と、世界最大級の「洞窟熟成」

今回のプロジェクトへの総投資額は、約7億人民元(約140億〜150億円)規模に達すると見られています。アンガス・ダンディーが保有する200年の経験と技術、そしてスコットランドのスペイサイドから運び込まれた銅製のポットスチル。これらが中国のテロワールと融合し、どのような化学反応を見せるのか。
特筆すべきは、近隣の山の中に建設される「洞窟熟成セラー」の存在です。年間を通じて安定した温度と湿度を保つ洞窟内での熟成は、世界でも類を見ない規模。アジアの気候において、ウイスキーに独特の深みとまろやかさをもたらすための、戦略的な設備投資と言えるでしょう。
巨大市場を巡るグローバルプレイヤーの角逐

現在、中国のウイスキー市場は空前の活況を呈しています。 ディアジオ社が雲南省に「雲拓(ユントゥ)」蒸溜所を、ペルノ・リカール社が四川省に「畳川(ザ・チュアン)」蒸溜所を開設するなど、世界の巨人が相次いで現地生産を開始。アンガス・ダンディーの参入は、こうしたグローバルな潮流をさらに加速させることとなりそうです。
この背景には、中国国内でのシングルモルト消費の急増と、若年層を中心としたウイスキー文化の浸透があります。かつて白酒(パイチュウ)が支配していた市場に、世界各国の資本が入り乱れ、中国産ウイスキーという新たなカテゴリーが確立されつつあります。
日本のウイスキー業界への示唆と今後の展望

淳安蒸溜所の本格稼働は、日本のウイスキー業界にとっても一つの指標となります。
洞窟熟成という手法は、日本でも広島の「桜尾」などが取り組んでおり、アジア圏の熟成環境における最適解の一つとして注目されています。また、かつてスコッチを模範として発展したジャパニーズウイスキーにとって、同様のプロセスで高品質な「中国産」を名乗る強力なライバルが現れたことになります。
淳安蒸溜所は今後、ビジターセンターや体験型ダイニングを含む「ウイスキー・ツーリズム」の拠点としての機能も強化していく予定。一般公開は2026年中旬を予定しており、アジアにおける新たなウイスキーの聖地となることが期待されています。
アンガス・ダンディーが千島湖の畔で描く、スコッチの未来像。 第一樽に詰められた原酒が、静寂の洞窟の中でどのような熟成を遂げるのか。数年後、その封が切られるとき、アジアのウイスキー地図は再び塗り替えられることになるでしょう。









