2026年1月13日、北海道苫小牧市にて、株式会社ベンチャーウイスキーの完全子会社であるベンチャーグレイン株式会社が、グレーンウイスキー製造に特化した「苫小牧蒸留所」の本格稼働を開始しました。
2023年の着工以来、世界のファンが注目していた「イチローズモルト」の第3の拠点が、ついに火を灯しました。これは、日本のクラフトウイスキー産業において「モルト」と「グレーン」の両輪を自社で完結させることはクラフトの枠を超える、偉大なるパラダイムシフトとも言えますね。
「カフェスチル」がもたらす重厚な酒質設計
今回の本格稼働で最も注目すべきは、蒸留設備にスコットランド・フォーサイス社製の「カフェスチル(連続式蒸留機)」を採用した点です。
現代の一般的な連続式蒸留機が95%以上の純度までアルコールを高める「効率重視」であるのに対し、19世紀の設計を汲むカフェスチルは、精製度をあえて抑えることで、原料(トウモロコシ等)由来の甘みや穀物感を原酒に残します。
「イチローズモルト」のブレンディングにおいて、グレーンは単なる「薄め役」ではなく、モルトと対等に渡り合うフレーバーの柱。
このカフェスチルの導入は、2021年のジャパニーズ基準(JSLMA)への適合はもちろんのこと、それ以上に「自社製グレーンでしか到達できない独自の香味(フレーバー)」を追求するための、極めて合理的な技術選択と言えます。
年間240万リットルの生産規模と、業界へのインパクト

苫小牧蒸留所の年間生産能力は240万リットル(純アルコール換算)。この規模は、秩父のモルト生産拠点(第1・第2合計で約31万リットル)の約8倍に相当します。
| 拠点 | 役割 | 蒸留方式 | 年間生産能力 |
| 秩父(第1・第2) | モルト生産 | ポットスチル | 計 約31.2万L |
| 苫小牧 | グレーン生産 | カフェスチル | 約240万L |
自社のブレンデッド製品への使用を前提としても、この240万リットルという数字はかなりの量です。
この余剰分が将来的に国内他社との「原酒交換」や、カフェグレーン単体での「シングルグレーン」としての輸出といった、多角的な戦略カードになることは間違いありません。日本のクラフト界全体の「ジャパニーズ化」を牽引する、巨大なインフラとしての役割が期待されます。
苫東地域が提供する「製造・物流・熟成」の最適解

肥土伊知郎氏がこの地を選んだ理由は、感情的な「物語」以上に、工業的なメリットが揃っていたことにあります。
原料供給: 北米産トウモロコシが陸揚げされる苫小牧港から至近。
水資源: グレーン製造に不可欠な膨大な冷却・仕込み水を支える、支笏湖水系の豊富なインフラ。
熟成環境: 秩父のダイナミックな環境とは対照的な、北海道の冷涼な気候による「スロー・マチュレーション(穏やかな熟成)」。
秩父の力強いモルトと、苫小牧の繊細で豊かなグレーン。この2つの異なるテロワールが重なり合うことで、イチローズモルトのパレットは劇的に広がります。
2029年の「新生・ホワイトラベル」に向けて
今回の本格稼働によって、2026年1月に蒸留された最初の原酒が「ジャパニーズウイスキー」の基準を満たして市場に現れるのは、3年間の熟成を経た2029年以降となります。
これまでの「ワールドブレンデッド」としてのイチローズモルトは、世界中の原酒を操る「ブレンダーの技術」を証明するものでした。
しかし、2029年に登場するであろう「100%自社製(秩父×苫小牧)ジャパニーズ・ブレンデッド」は、彼らが「蒸留家」として日本の土壌を完全に掌握したことを証明する一本になるでしょう。
伝統的なカフェスチルを、この巨大なスケールでどう手懐けていくのか。
その「最初の一滴」が樽の中でどう化けていくのか。専門メディアとして、その推移を引き続き注視していきます。














