本格米焼酎「白岳しろ」で全国にその名を知られる、熊本県・人吉球磨の老舗、高橋酒造。創業125年という節目を迎える同社が、その歴史で初となるウイスキー事業への参入を表明しました。
その拠点となるのは、廃校となった小学校を再生した、ユニークなシングルモルト蒸溜所「田野蒸溜所(たのじょうりゅうしょ)」です。
なぜ今、焼酎の巨人がウイスキーに挑むのか
今回の高橋酒造の挑戦は、近年の酒類市場の変化と、同社の未来を見据えた明確な戦略に基づいています。
国内の本格焼酎市場が成熟期を迎える一方、ジャパニーズウイスキーは世界的な評価を確立しつつあります(増えすぎの懸念はありますが、、、)。
高橋酒造は、このグローバル市場に挑戦するため、米焼酎「白岳しろ」の開発で培った、低温で丁寧に発酵させるなど高度な醸造・蒸留技術を武器に、世界水準のシングルモルトウイスキー造りに乗り出します。
この挑戦には、もう一つの狙いがあります。
それは、田野蒸溜所のウイスキーが世界で評価されることで、その技術の源流である本格米焼酎というジャンルにも新たな光を当て、国際的な関心を呼び起こすという「相乗効果」です。これは、ウイスキー事業を、125年続く焼酎文化の未来を切り拓くための新たな一手と位置づける、壮大なビジョンです。
学び舎が蒸溜所へ―再生と地域貢献の物語
田野蒸溜所の最もユニークな特徴は、その建物にあります。蒸溜所が位置するのは、2014年に閉校した旧田野小学校の跡地。
地域の記憶が刻まれた学び舎を解体するのではなく、その姿を未来に繋ぐ形で再生する「アダプティブ・リユース」という手法が取られました。
かつての体育館は蒸留棟に、教室は貯蔵庫や展示スペースとして生まれ変わります。校舎の象徴であった赤い屋根や梁は可能な限り保存・活用され、地域の風景に溶け込む姿を保っています。このプロジェクトは、優れた建築文化の創出を目指す「くまもとアートポリスプロジェクト」の一環でもあり、単なる製造施設ではなく、地域活性化の核となる文化・観光拠点としての役割も期待されています。
また、人吉球磨地方が2020年7月の豪雨で甚大な被害を受けたことを思うと、この新たな蒸溜所の誕生は、地域の未来を明るく照らす、復興と挑戦の象徴とも言えるでしょう。
田野の風土を映すウイスキー造り
標高680メートルに位置する田野地区は、冬には氷点下10度以下まで冷え込む、寒暖差の激しい気候が特徴です。このダイナミックな自然環境が、樽の呼吸を促し、ウイスキーに複雑でユニークな熟成をもたらすと期待されています。
高橋酒造は、この田野の四季を表現するウイスキーを造ると共に、地域の原風景である野焼きの記憶を宿す、ピーテッドタイプのウイスキーも手掛ける計画です。
高橋酒造にとって、今回のウイスキー事業参入は、まさに「第二の創業」とも呼べる大きな挑戦です。125年の歴史を持つ焼酎の巨人が、学び舎の記憶と共に、熊本・人吉の地からどのような新しい物語を世界に発信していくのか。その最初の一滴が生まれる日を、業界全体が大きな関心を持って見守っています。