「シングルモルト宮城峡10年」の復活、そして「ザ・ニッカ リミテッド 2025」の発表と勢いに乗るニッカウヰスキーが、その創業の地である北海道・余市蒸溜所に約70億円という大規模な投資を行うことを発表しました。
この一手は、長年日本のウイスキーファンを悩ませてきた「原酒不足」という問題に対する、同社の明確な答えであり、未来に向けた布石です。
原酒不足の時代を乗り越えるための「10年後」への投資

近年のジャパニーズウイスキー市場を振り返ると、2010年代以降の爆発的なブームにより、熟成されたウイスキー原酒の在庫は急速に枯渇しました。
ニッカも2015年頃、「余市」や「竹鶴」といった主力商品の年数表記(エイジ)を外すという苦渋の決断を迫られたのです。
今回の投資は、その根本的な問題解決に向けた長期戦略の核心です。
計画では、2027年にも稼働を目指す新たな貯蔵庫と、2026年に稼働する製樽(せいたる)棟を建設。これにより、ニッカ全体の貯蔵能力は現在より1割増加し、数万樽規模の原酒を追加で熟成させることが可能になります。
小野直人社長が「2030年代には供給不足を解消したい」と語るように、この投資の効果が私たちのグラスに届くまでには、まだ長い年月が必要です。しかしこれは、10年後、20年後の未来を見据え、エイジ表記のあるウイスキーを安定して供給できる体制を再構築するという、ニッカの強い決意の表れに他なりません。
ただ増やすだけではない。品質への揺るぎないこだわり

今回の投資で注目すべきは、単に貯蔵庫を増やすだけでなく、製樽棟を新設する点です。
ウイスキーの味わいを決定づける最も重要な要素の一つが、熟成に使う「樽」。創業者・竹鶴政孝の哲学を受け継ぐニッカは、伝統的に自社で樽の製造やメンテナンスを行ってきました。創業の地である余市に新たな製樽施設を設けることは、生産量を増やすだけでなく、未来のウイスキーの品質を自らの手で守り、高めていくという、品質への揺るぎないこだわりを示しています。
ウイスキー事業を支える、もう一つの戦略

ニッカは長期的なウイスキー増産計画と並行して、巧みな事業戦略も展開しています。その一つが、リンゴの果実酒「シードル」の初の海外輸出(台湾)や、ジン、ウォッカといった熟成期間を必要としないスピリッツの海外販売強化です。
これは、実はニッカの原点回帰とも言える戦略です。かつて竹鶴政孝は、ウイスキーが熟成するまでの間の事業として、リンゴジュースやシードルを製造・販売していました。短期的に収益を確保できる事業で基盤を固め、時間のかかるウイスキー事業を支える。この創業当時からのビジネスモデルを現代に応用し、10年後、20年後を見据えたウイスキー造りを支えているのです。
今回の70億円という投資は、単なる設備増強ではなく、原酒不足という困難な時代を乗り越え、世界トップ10を目指すという高い目標を掲げるニッカウヰスキーが、その未来に向けて打った、力強く、そして長期的な視野に立った一手と言えるでしょう。
私たちがその恩恵を享受できる日を、楽しみに待ちたいと思います。